公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第682回】インド太平洋戦略に欧州を巻き込め

湯浅博 / 2020.05.25 (月)


国基研企画委員兼主任研究員 湯浅博

 

 中国の習近平国家主席は「救国の指導者」なのか「抑圧の独裁者」なのか。22日開幕した中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)で、習主席が狙ったのはもちろん前者としての位置付けだが、国際社会からは武漢発コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を機に、後者としての厳しい目が向けられている。とくに、習政権がウイルス発生を隠蔽して感染を拡大してしまった事実に目をつぶり、世界にわびるどころか医療支援を恩に着せる態度が米欧主要国の怒りを買った。
 米中間ではすでに、後戻りできないサプライチェーン(供給網)の切り離しが始まっている。日本は米国と共に、今回のコロナ危機で「中国離れ」が顕著な欧州を巻き込み、新たなインド太平洋戦略の再構築を図る戦略的好機を迎えた。

 ●ブラックジョークの習氏自賛演説
 習主席はパンデミック発生後初の世界保健機関(WHO)総会の開幕式(18日)で、武漢ウイルスに対する中国の姿勢について、「人民を基本とし、生命を至上とし、オープンで透明性があり、責任を担うという態度」であると自賛し、各国が手を携えて「人類衛生健康共同体」を構築するよう呼びかけた。中国がウイルスを世界にばらまきながら、粗悪な医療品を供給した「マスク外交」を知る各国にとっては、現実との乖離かいりにブラックジョークとしか思えなかったろう。
 習氏の演説には感染症を拡散させた謝罪の言葉はなく、中国寄りと批判されるWHOもわが物顔にふるまう中国を許容する異常さだった。最終的に、日本、オーストラリア、欧州連合(EU)が提出したウイルス発生源についての独立検証作業を求める決議案が全会一致で採択されている。中国にとって、120カ国が賛成に回ったことは大きな痛手だった。中国は今後、検証チームの編成をめぐる駆け引きで作業の引き延ばしを図るか、検証内容の書き直しを繰り返し要求して、徐々に骨抜きを試みるだろう。

 ●対外強硬策に転じそうな中国
 武漢ウイルスによる中国経済への極めて深刻な打撃は、全人代で今年の成長見通しを示せなかったことに表れている。習主席は来年の中国共産党創立100周年、そして2022年に到来する5年に1度の共産党大会に向け、内政の不安を対外的な強硬策で乗り切ろうとする可能性が高まる。香港の締め付けを手始めとして、台湾海峡や南シナ海、東シナ海で軍事的圧力を増し、中国本土でも抑圧体制を強化するだろう。習政権は全人代で、国防予算の前年比6.6%増を打ち出し、前年の7.5%増に近い伸びを確保した。
 対中抑止の最前線にある日本は、自由で開かれたインド太平洋構想の核である日米豪印4カ国(クアッド)協力の拡大版である「クアッド・プラス」の調整役として、地域の安全保障をリードする立場にある。4カ国に加え、ベトナム、台湾、インドネシアのほかに欧州を説得し、対中抑止の新たな枠組みを構築することが求められる。(了)