公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

有元隆志

【第694回】今こそ敵基地攻撃能力保有を

有元隆志 / 2020.06.29 (月)


産経新聞正論調査室長兼月刊「正論」発行人 有元隆志

 

 地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画断念を機に、敵基地攻撃能力の保有に踏み切るべきだ。「迎撃ミサイルを発射後、ブースター(第1段ロケット)を確実に演習場内に落とすことができない」として、計画停止を発表した河野太郎防衛相の対応は稚拙であったが、これを奇貨として、これまで日本の防衛政策を縛ってきた極端な「専守防衛」の考え方を改め、反撃能力の保有も含め、変則軌道の新型ミサイルなど新たな脅威に対応するシステムを米国と共につくり上げるきっかけとしたい。

 ●迎撃できない変則軌道ミサイル
 イージス・アショアをめぐっては、配備先としていた陸上自衛隊の新屋演習場(秋田市)をめぐり選定過程の調査データにミスが発覚するなどして、今年5月に同演習場への配備を断念したばかりだった。加えて今回、河野氏が突然停止方針を打ち出し、政府内でも「防衛省は信用できない」(高官)との声が高まった。
 安倍晋三首相の側近は計画停止決定後、「防衛省の大失策を機に、防衛政策を大展開させる」と打ち明けた。首相も河野氏の手法に問題があることは認識していた。政府・与党内の手続きを踏まず、代替手段の議論すらしていない。米国への説明も不足していた。それでも最終的に河野氏の提案を了承したのは、これを機にミサイル防衛政策自体を抜本的に見直し、打撃力も保有し抑止力を高める必要があると判断したのだった。
 これは単なる思い付きではない。第2次政権発足以来、ミサイル防衛について何度も議論を積み重ねてきたうえでの決断だった。政府の有識者会議「安全保障と防衛力に関する懇談会」の2018年の議論でも、委員からミサイルの性能も向上する中で「専守防衛という言い方はやめたほうがいい」という意見が出た。意を強くした首相だが、このときは世論の理解も十分でなく、何よりも北朝鮮の弾道ミサイルへの対処が喫緊の課題だった。
 北朝鮮は2016年から17年にかけて弾道ミサイル40発を発射し、3回核実験を行った。まさに「『国難』とも呼ぶべき事態」(安倍首相)に直面する中で、イージス・アショアの整備を進めることになった。ただ、2019年に北朝鮮は、新型短距離ミサイルを繰り返し発射し、その一部は低高度で変則的な軌道を飛び、ミサイル防衛網の突破を意図していることは明白だった。そのため新たな脅威に対応する必要性が指摘されていた。

 ●「専守防衛」の呪縛を解け
 首相は国家安全保障戦略(NSS)改定を表明した6月18日の記者会見で「専守防衛という考え方の下で議論を行っていくが、相手の能力が上がる中で今までの議論に閉じこもっていいのか。抑止力とは何かを突き詰めて考えていかねばならない」と強調した。イージス・アショアをめぐる一連の失態を挽回するためにも、首相が会見で力説した「平和は人から与えられるものではなく、我々自身の手で勝ち取るものだ」ということを新NSSで具現化し、速やかに実行に移していくべきだ。(了)