公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

ブラーマ チェラニー

【第761回】米国はミャンマー政策で失敗を重ねるな

ブラーマ チェラニー / 2021.02.08 (月)


インド政策研究センター教授 ブラーマ・チェラニー

 

 独立を達成して以来、少数民族の反乱に悩まされてきた多民族国家ミャンマーで、唯一機能した国家機関が軍であった。しかし、10年前に軍部が段階的な民主化プロセスを開始した後も、欧米は軍部との関係構築に注力しなかった。欧米はアウン・サン・スー・チー氏だけに政治投資をし、スー・チー氏を事実上の聖人に祭り上げた後、イスラム教徒少数民族ロヒンギャの窮状をめぐり、スー・チー氏の指導力に失望を表明した。
 今月のクーデターは米国のミャンマー政策の最大の弱みを浮き彫りにした。それは軍部との関係を構築しなかったことである。それどころか米国は軍部に背を向け、ロヒンギャの国外脱出を「民族浄化」であると決め付け、2019年11月にはミン・アウン・フライン国軍総司令官らに制裁を発動した。

 ●制裁強化は最悪の選択
 米国の間違いは、ミャンマーの軍部との関係構築拒否と軍首脳への制裁発動によって、民主化や二国間関係に影響を及ぼさずに軍部の内政への影響力を弱められると考えたことである。米国は軍部の全面支援が民主化継続のカギであり、さもなければミャンマーは軍政に戻るという単純な事実が分からなかった。
 米国は軍部の民主化支援に動機を与えようとする代わりに、その逆を行った。米国の制裁は軍首脳が民主化方針を堅持する動機をなくした。そうした「アメがなく、ムチだけ」の対応は、軍首脳が選挙で選ばれた政府から権力を奪うのを促した。米国は重大な計算違いのせいで、新しい軍事政権への影響力をほとんど持たない。
 今日、米国の政策にとって最悪の選択は、4分の1世紀近くに及んだ米国主導の厳しい制裁で気乗り薄のミャンマーを中国の腕の中へ追いやった2012年以前の状況へ回帰することである。それは米国のミャンマー政策失敗に輪をかけるだけだ。米国の提唱でミャンマーが国際的に孤立すれば、中国の習近平独裁政権はミャンマーで中国の利益を強力に推進する戦略的恩恵を受けることになる。

 ●日印の意見を聞け
 ナショナリズムの強いミャンマーの軍部は、中国に不信感を持っている。中国がミャンマーの政府と軍部に影響力を及ぼすため、反乱勢力を支援してきたと信じているためだ。実のところ、ミャンマー軍首脳はスー・チー氏が習近平国家主席と過度に親密になってきたことを懸念していた。
 軍首脳はミャンマーの中国依存を減らし、民主主義諸国との経済・政治関係を再建することで、外交のバランスを取ろうとして、民主化プロセスに踏み切った。今、軍首脳が最も望まないのは、ミャンマーが中国の傘下に再び組み込まれることだ。
 こうした背景の下、米国はミャンマーに対し、制裁より動機付けに重きを置く慎重かつ現実的な対応を探るのがよい。米国は同盟・友好国とりわけ日本とインドの意見を聞かなければならない。日印両国はミャンマーに大きな経済投資を行い、軍部と協力的な関係を築いている。両国は、戦略的要衝のミャンマーで中国の影響力を相殺する政策を模索してきたのである。(了)