公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

冨山泰

【第764回】ワクチン外交に勝てない日本の悲劇

冨山泰 / 2021.02.22 (月)


国基研企画委員兼研究員 冨山泰

 

 中国が自ら開発した新型コロナウイルス・ワクチンを開発途上国などにばらまく「ワクチン外交」を積極的に展開している。欧米のワクチンを入手できない諸国がこれに飛びついており、コロナ禍がうまく終息すれば中国の国際的影響力が飛躍的に拡大する結果を招きかねない。
 中国外務省によると、2月8日時点で中国が国産ワクチンの無償供与を予定している国は53カ国に上る。この中には、インドネシアをはじめ東南アジア諸国連合(ASEAN)の大半と南アジアの最友好国パキスタン、中東・アフリカの地域大国であるエジプトやイラン、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の加盟国でありながら強権統治下にある中欧のハンガリー、同じくNATOの一員だが欧米との関係がしっくりしないトルコ、さらには米国の隣国メキシコや南米のペルー、ブラジル、チリなどが含まれている。カンボジア、セルビア、ジンバブエなど一部の国では、既にワクチンの引き渡しが始まった。

 ●巧妙な中国外交
 中国のワクチン配布先を見れば、従来の友好国との関係をさらに強固にするとともに、「債務のわな」やコロナ禍で停滞気味と伝えられる中国の勢力圏拡大構想「一帯一路」に参加する国々との関係を再構築し、同時に西側先進民主主義国のおひざ元や裏庭といわれる地域にまで手を伸ばそうとする広大な戦略が一目瞭然だ。
 新型コロナウイルスの発生を隠蔽し感染症を世界中に広めながら、強権政治で国内の感染拡大を抑え込んだ中国が、欧米諸国からワクチン提供を後回しにされた途上国に、あたかも善良な隣人であるかのごとく振る舞っている。中国のワクチンの有効性に疑問は残っても、途上国はわらにもすがる思いなのだろう。ロシアやインドもワクチン外交に乗り出し、この時点で西側先進国は取り残されている。
 中国などの外交攻勢に西側民主主義諸国もようやく危機感を持ち始め、日本を含む先進7カ国(G7)は2月19日のオンライン首脳会議で、ワクチンを共同購入して途上国に無償で分配する国際的枠組みを拠出金の増加などで後押しすることを申し合わせた。しかし、途上国支援より自国民への接種を優先せざるを得ないという基本的構図に変化はない。

 ●軍アレルギーの呪縛
 ワクチン外交では日本の影が極めて薄い。そもそも日本は途上国に回せる自前のワクチンを持たない。新型コロナウイルス・ワクチンの国際的な開発競争で日本が敗れた根本的な原因は、感染症予防ワクチンを国家の安全保障に関わる戦略物資としてとらえる発想をこれまで持たず、政府が製薬会社や大学のワクチン研究を全面的に支援してこなかったことにある。
 米国では軍が民間に資金を提供して安全保障に関係する研究を援助しているが、戦後の軍アレルギーから脱却できない日本では、その種の研究は妨害される。戦争を放棄した戦後体制が根底にある。これを見直さない限り、ワクチン外交には手も足も出ない。悲劇に気付くのはいつか。(了)