公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

矢板明夫

【第773回】異様だった中国外相の記者会見

矢板明夫 / 2021.03.15 (月)


産経新聞台北支局長 矢板明夫

 

 3月11日に閉幕した中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で、香港の選挙制度の見直しに関する決定案を採択したことが注目された。香港の民主派を議会から排除することは昨年来の既定方針であり、全人代を10年以上取材してきた筆者にとって、特に驚きはなかった。しかし、王毅・国務委員兼外相が記者会見で習近平国家主席に公然と忠誠心を誓う光景は異様に感じられた。5年に一度の党大会を来年秋に控え、共産党内の権力闘争が白熱化したことを象徴しているようだ。

 ●習主席の指導を称賛
 中国の外相が全人代期間中、記者会見をすることは毎年の恒例だ。王氏にとって8度目となった今年の会見は、中国外交の現状と政策などについて従来の説明と主張を繰り返した。特に新味はなかったが、共産党の機関紙、人民日報の記者とのやり取りは例年にない内容だった。
 「党による外交への指導の深い意味をどのように理解すべきか」との質問に対し、王氏は「中国外交の重要な政策と成果は、党中央が全局を統括して計画した賜物だ」と強調した上で、「習近平総書記はグローバルな視野や戦略的不動心、責任感で、外交の理論と実践を革新し、外交発展の青写真を描き、中国を終始、正しい方向へ導いてきた」と露骨に習氏を持ち上げた。
 記者の質問は、外務省側が事前に用意した「やらせ」であることは言うまでもない。一党独裁体制の中国で、外交だけではなく、金融も財政も教育も安全保障もすべて事実上共産党が主導していることは周知の事実であり、記者会見でわざわざ強調することではない。
 中国の憲法の規定では、国家権力の最高執行機関は国務院(政府)である。そのトップは李克強首相だ。王氏は自身の直接の上司である李氏のことを完全に無視して、習氏だけを称賛した。自身が習派であることをアピールする狙いがあるとみられる。

 ●警戒すべき尖閣海域での法執行
 習氏は来年の党大会で、3期目への続投を目指しているが、それに反対する李氏は昨年夏以降、習氏を暗に批判する発言を繰り返すようになり、双方の関係が悪化している。外交政策では、対米強硬路線を主張する習氏と、国際社会との協調を重視する李氏の間で大きな違いがあるとされる。王氏の全人代の記者会見での発言は、これからの中国の外交がますます強硬になる可能性を示唆したともいえる。
 王氏は会見で、日本政府が懸念を示した海警法について「特定の国を念頭に置いたものではなく、国際法と国際的な実践に完全に合致している」と述べた。鵜呑みにしてはならない。昨年に施行された香港国家安全維持法が今年になってから民主派弾圧の根拠となったように、中国がこれから尖閣諸島(沖縄県石垣市)海域で海警法に基づく法執行を実行に移すことを日本は警戒すべきだ。(了)