公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

山田吉彦

【第783回】スジの通った海洋安保政策を実施せよ

山田吉彦 / 2021.04.12 (月)


国基研理事・東海大学教授 山田吉彦

 

 3月初旬、フィリピンが管轄権を主張する南シナ海のウィットサン礁海域に出没した220隻の中国漁船は、1か月経っても一部が停泊を続け、この海域の実効支配を既成事実化している。フィリピンは主権を維持するため米国に支援を求めるなど奔走している。しかし、経済支援やワクチン外交を駆使して譲歩を迫る中国に、具体的な反撃ができないのが現実だ。
 中国は、日本近海にも海上民兵を乗せた漁船団を送り出しているが、その戦略は巧妙で、日本政府は為すすべも無く翻弄されている。

 ●長崎でもあった中国船居座り
 顕著な例として、2012年7月、五島列島福江島(長崎県)の玉之浦に106隻の中国漁船が侵入した。漁船団は、台風の緊急避難という名目で玉之浦に入り、海面をたちまち占拠してしまった。そして、1週間にわたり居座ったのだ。福江島は、日中間の漁業境界線から100キロ以上離れているため、中国の漁船団が緊急避難することは考えにくい。この年の夏、100隻規模の中国漁船団が3回も玉之浦を占拠している。漁船団には総勢2000人の海上民兵が乗船していたと考えられる。
 玉之浦の周辺は過疎化し、高齢者のみの世帯が多い。夜間、中国漁船の光が煌々こうこうと海上を照らし、地元の人たちは不安で眠れない状況だった。中国漁船団に対応したのは、海上保安庁の巡視船1隻と水産庁の漁業取締船1隻だった。また、玉之浦の集落で暮らす人々を守る警察官は、駐在が1人のみであり、長崎県警に応援要請をしても20人程度を確保するのが限界だった。上陸された場合、現状の警備態勢では対処できないだろう。
 この時の中国の狙いは、尖閣諸島の活用を計画した石原慎太郎東京都知事(当時)の行動を牽制することであり、そのために日本政府に圧力をかけたのだ。以後も、中国はことあるごとに日本近海に漁船団を派遣し、日本政府を脅迫し続けている。今までに尖閣諸島海域、小笠原諸島周辺、日本海の大和堆海域の漁場が中国漁船団に蹂躙じゅうりんされ、地元漁民の生活が崩壊している。

 ●事なかれ主義の日本政府
 日本政府は、海洋侵出という中国の真の狙いに気づきながらも、中国漁船団に退去勧告を発するだけで、実質的に黙認してきた。この事なかれ主義、問題の先送りが尖閣諸島海域の主権を脅かされる事態を招き、対立を深刻化させているのだ。
 安倍晋三前首相の父で、かつて外相として外交手腕を高く評価された安倍晋太郎氏は「(外交において)将来に向けてスジを通すべきは通していかなければいけない」と述べている。国民の平和と安定した生活を守るためには、領土を脅かす勢力を国の威厳をかけて排除しなければならない。海洋国家である日本は、何よりも国民のために海を守る「スジの通った」外交が必要なのだ。国民を守る意思を示し行動を起こすことをしない政府は、国民のみならず、国際社会からも信頼を失うだろう。菅義偉政権には、一刻も早く実効性のある海洋安全保障政策の遂行を望む。(了)