公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

有元隆志

【第853回】何のための人権担当補佐官か

有元隆志 / 2021.11.22 (月)


国基研企画委員・産経新聞月刊正論発行人 有元隆志

 

 国際人権問題担当首相補佐官の新設は、岸田文雄政権として人権外交を前面に打ち出す狙いがあったはずだが、早くも看板倒れに終わりそうである。首相補佐官に就任した中谷元氏が人権制裁法制定など法整備に慎重な構えを示したからだ。

 ●中国に寄り添って解決?
 中谷氏は15日放送のBS日テレ番組「深層NEWS」に出演した際、経済重視で人権問題に腰が引けているのではとの質問に、「こぶしを上から振り落とすのではなく、親身に寄り添って話を聞いている」と述べた。
 人権侵害に関与した外国当局者らに制裁を科す「日本版マグニツキー法」について、公明党に慎重論があることを問われると、「一方的に価値観を押し付けて制裁するのも一つだが、寄り添って解決するのもある。事を荒立てるのが全てではない」と答えた。中谷氏は人権弾圧で国際的に非難を浴びる中国に「寄り添って解決する」つもりなのだろうか。
 人権問題をめぐっては10月の主要7カ国(G7)貿易相会合で、国際的なサプライチェーン(供給網)から強制労働を排除する共同声明を採択した。中国を念頭に置いたもので、萩生田光一経済産業相は「国際協調の仕組みづくりなど、企業が人権尊重に取り組める環境整備を進めるべきだ」と提案した。これまでの日本は「懸念の共有」にとどまり「共同行動」には積極的でなかった。萩生田氏は踏み込んだ発言をしたといえる。
 しかし、番組で中谷氏は強制労働問題について聞かれると、「対応を検討しないといけない」と述べるだけだった。番組コメンテーターから「(補佐官就任前の)議連の時よりも柔らかくなった」と皮肉を言われても、慎重姿勢を崩さなかった。

 ●ポーズだけの人権重視
 人権問題担当首相補佐官の設置は、岸田首相の自民党総裁選での公約だった。産経新聞によると、首相周辺は「重要政策だけに、就任希望者が多かった」と語った。中谷氏を選んだのは、中国やミャンマーの人権侵害をめぐり超党派議員連盟の共同会長を務め、法整備の必要性を訴えてきたからだった。
 中谷氏の発言を聞いていると、岸田首相には中谷氏を政権内に取り込むことで身動きをとれないようにする狙いがあったのではないかと勘繰らざるを得ない。外相には日中友好議員連盟会長を務めていた林芳正氏が就いた。来年は日中国交正常化50周年にあたる。中国との関係改善を優先したいとの岸田首相の意向が透けてみえる。
 新疆ウイグル自治区や香港での人権蹂躙じゅうりんをみていると、ポーズだけの人権重視で済む時期は終わった。産業界はもちろん、欧米も巻き込んで強制労働に関する国際的なガイドラインの作成に日本はイニシアチブを発揮しなければならない。政府内の調整も含め人権問題は、及び腰の中谷氏を関与させて屋上屋を架すのではなく、担当閣僚の萩生田氏が担うべきだろう。(了)