新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)の交渉開始が正式に合意された。台頭する中国を念頭に、「米国をアジアに関与させる」という戦略的な意味は重要だ。
当初は参加に難色を示していたアジアの国々も、首脳レベルの戦略的判断で参加を決断した。ただし中国への対抗色が出ることを嫌い、声明ではそうした色彩を消している。
●アジア参加国への「実利」は日本主導
交渉のカギはアジアの国々に経済的な「実利」を提供できるかだ。バイデン米政権は関税引き下げによる貿易自由化を国内の抵抗から排除している。アジアの国々をつなぎ留めるためには米国市場へのアクセスに代わる実利が必要だ。
四つの交渉分野のうち参加国に実利を提供できるのは「供給網」と「クリーン経済」だ。
「供給網」では半導体や医療物資の供給途絶の事態が生じたときに連絡体制を作る。こうした仕組み作りは日本が既にアジアの国々との間で取り組んでいる。それをIPEF用に仕立て直したものだ。
「クリーン経済」では脱炭素のためのインフラ投資を支援する。焦点は「移行への投資」だ。アジアの国々の多くは当面は化石燃料に依存せざるを得ず、欧米流に一足飛びに再生可能エネルギーへ転換することは無理だ。それまでの移行期にはアンモニアや水素などを活用しながら現実的な対応でつなぐ。それを支援するもので、旗振り役は日本だ。今後、バイデン政権の急進的な環境派との関係で日本の役割は大きい。
●米国流の「ルールの押し付け」を警戒
懸念されるのは「貿易」の分野だ。担当するタイ米通商代表は「21世紀型のルール作りを主導する革新的な枠組み」と強調する。しかし、アジアの国々は冷ややかだ。案の定、インドはこの貿易分野だけ交渉参加を見送った。今後、他のアジアの国々も離反しか
ねない。
ルール作りと言っても、バイデン政権は相手国に「環境」や「労働」の条件を課して、米国内の環境派や労働組合向けにアピールしようとする。さらにデジタル貿易に関しても米国流の自由一辺倒のデータ流通のルールが念頭にある。こうした「ルールの押し付け」をアジアの国々は警戒している。
●国際秩序の作り替えの視点
こうした課題があるものの、IPEFを国際秩序の作り替えの一つとして、大きな視野で見ることも大事だ。
これまで冷戦後のグローバル化を支えてきたのは、「貿易の自由化」を旗印とした国際秩序であった。世界貿易機関(WTO)がその典型で、地域包括的経済連携協定(RCEP)や環太平洋経済連携協定(TPP)もそうした一環だ。
ところが大国によるパワーゲームの時代になって、今や国際秩序の軸は「経済安全保障」になりつつある。日米の外務・経済担当閣僚による「経済版2プラス2」や日米豪印4か国による「クアッド」(Quad)がそうだ。そしてIPEFも供給網の強化など経済安保が参加国の接着剤となっている。
こうした国際秩序の大きな潮流の中でIPEFを位置づける視点が必要だ。大事なことは、いずれの枠組みも主導するのは日本であるとの自覚だ。(了)