公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

【第64回】海上保安官の情報開示を擁護する

h0330 / 2010.11.15 (月)


弁護士 尾﨑幸廣

映像がインターネットに流れたというニュースを聞いた時から、流出元は検察ではなく海上保安庁だと思った。検察庁は証拠品を病的なまでに厳重管理しているから、という理由もあるが、それよりも、検事を30年勤めた経験から言うのだが、火中に栗を拾うような度胸のある者が検察にいるとはとても思えないからである。果たして私の予想通り、流出させたのは海上保安官だった。

問題の本質は政府の弱腰
そもそも政府は、当初からビデオを公表すべきだったのである。それを民主党政府は中国(不愉快な呼称であるが、私は大国でも小国でもない国という意味を込めて使うことにしている)に気兼ねして、当初は映像を闇から闇に葬り去ろうとし、それも困難な情勢となるや、6分間分だけを国会議員に見せてお茶を濁そうとした。そうさせてはたまるかと、この海上保安官は立ち上がった。これがどうして非難されるのか。

民主党政府は、事件を国家公務員法違反の秘密を漏らした罪にわい小化しようとしている。忠臣蔵で言うと、討ち入りの日の出来事に絞って責任を問おうとしているのである。赤穂義士が訴えたいのは、義挙に至るまでの吉良上野介の悪らつさと幕府の片手落ちである。勇気ある海上保安官が伝えたかったのは、これまでの尖閣諸島周辺における中国の専横極まる理不尽な態度と、これに屈服した政府の腰抜けぶりだったに違いない。

無罪の可能性が大
海上保安官は、取り調べに迎合しないで欲しい。無罪の可能性が十分にある。国家公務員法の秘密漏えい罪は、①職務上知り得た ②実質的な秘密を ③漏らした―という3要件が必要であるが、①については、この海上保安官は遠く離れた部署で起きた事件に関する参考資料が職場に配布されたのでそれを入手しただけで、自己の職務とは無関係である。②については、映像は実質的な秘密ではない。国会議員には公開されていたし、刑事事件の証拠として使用される可能性は既になくなっていた。可能性があるというなら、中国人船長を起訴してから言ってもらいたい。外交上のカードを漏らしたという意見もあるが、ひたすら中国のご機嫌取りに終始する民主党政府に、カードにする意思があるはずがない。③については、大々的に漏らしたのはマスコミであって海上保安官ではない。

海上保安官のこの行為により大きな効果が生じることを願っている。応援する者はたくさんいる。不ていな中国人船長は釈放されて意気揚々と英雄気取りである。一方、海上保安官は犯罪人とされ、言いたいことも言えずに断罪されるのではたまらない。そのようなことになったら、平成の赤穂義士が出て来なければならない。(了)

PDFファイルはこちらから
第64回:海上保安官の情報開示を擁護する(尾﨑幸廣)