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細川昌彦

【第1043回】IPEF交渉に影を落とす対中意識の隔たり

細川昌彦 / 2023.06.05 (月)


国基研企画委員・明星大学教授 細川昌彦

 

 日米韓豪印や東南アジア諸国など14カ国が参加する新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の閣僚会合で、重要物資のサプライチェーン(供給網)の強化に向けた協定を結ぶことが合意された。IPEFについては、当初から指摘しているように、台頭する中国を念頭に、「米国をアジアに関与させる」という戦略的な意味が重要だ。それとともにIPEFは、西側諸国がグローバルサウスと呼ばれる新興・途上国を取り込むことができるかどうかの試金石でもある。

 ●供給網強化の合意の意味
 ただし交渉に参加しているアジアの国々は中国への対抗色が出ることを嫌う。そうした国々をつなぎ留めるためには、経済的な実利を示せるかがカギだ。米国は関税引き下げによる貿易自由化を排除しているからだ。
 IPEFの四つの交渉分野のうち、「供給網の強化」が実利につながり得る第1候補であることは当初から予想されていた。今回の合意では、半導体や医療物資などの供給が途絶した場合に、連絡体制を通じて支援を要請すれば、他の参加国は具体的な協力を検討するという。ただし合意したのは手続きにとどまり、協力が具体化するかは不透明だ。
 今回の合意を日本のメディアは「中国依存からの脱却」と報道するが、これは正しくない。日米とアジアの国々との間には意識の乖離があり、脱中国の色彩は合意文にない。供給途絶の原因も、中国による経済的威圧だけでなく、災害の発生や感染症の拡大などさまざまだ。これを「中国の抑止」とするのは明らかにずれている。グローバルサウスへの関与を強めることは重要だが、この現実を直視すべきだ。

 ●残る3分野は難航必至
 交渉のモメンタムを維持するために合意しやすいところから段階的に合意をしていくことにした。しかし残された3分野は難航必至だ。
 特に懸念されるのは「貿易」の分野だ。米国は「21世紀型のルール作り」と意気込むが、アジアの国々は冷ややかだ。バイデン米政権は交渉相手国に「環境」や「労働」の厳しい条件を課して、米国内の環境保護派や労働組合向けに実績をアピールしようとする。こうした米国の「ルールの押し付け」にアジアの国々は反発する。
 「クリーン経済」の分野では脱炭素のための支援が焦点だが、アジアの国々の多くは化石燃料に当面依存せざるを得ず、欧米流に急進的に再生可能エネルギーへ転換することは無理だ。アジアの国々は、アンモニアや水素などを活用しながら現実的な対応を支援する日本のアプローチを評価する。問題は米国の環境左派であるケリー気候変動問題担当大統領特使の頭が切り替わるかだ。
 来年になると米国は大統領選挙一色となるので、今年11月のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議のタイミングが交渉の事実上のタイムリミットだろう。バイデン政権の内向き姿勢、価値観の押し付けが変わらない限り、交渉は暗礁に乗り上げる。そうした事態を見て、ほくそ笑む国があることを忘れてはならない。(了)