公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

太田文雄

【第1083回】核についての議論を活性化させよう

太田文雄 / 2023.10.23 (月)


国基研企画委員・元防衛庁情報本部長 太田文雄

 

 10月19日に米国防総省が中国軍事力に関する年次報告書を公表した。メディアは「2023年5月の時点で中国は500発以上の核弾頭を保有し、2030年までに1000発を超える」と、予測を遥かに上回るペースで核戦力の強化が進んでいることに着目したが、仔細に読んでみると、注目すべき記述はそれにとどまらない。

 ●中国近海から米本土に届くSLBM配備
 昨年の年次報告書は晋級戦略原子力潜水艦(SSBN)に新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)JL3が搭載された可能性を示唆しただけだったが、今年の報告書はJL3の配備が進んでいることを明確にした。JL3は長射程のため渤海や南シナ海といった中国近海の「聖域」から米本土を狙うことができ、中国のSSBNが太平洋に進出して西側に探知される危険を冒さずに済み、対米核抑止力は飛躍的に高まる。
 本年5月に先進7カ国(G7)広島首脳コミュニケが「核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメント」を表明したことなど、中国は全く意に介せず核軍拡を加速させている。中国だけではない。戦術核ミサイルの運用訓練を繰り返す北朝鮮、ウクライナ戦争で核恫喝をためらわないロシアは、いずれも日本の隣国でもある。
 こうした国々の戦術核への抑止力として極めて有効な米国の海洋発射型核巡航ミサイルは、トランプ政権が開発を決定したものの、バイデン政権が中止してしまった。ウクライナ戦争と昨今の中東危機で「二正面作戦」を強いられ、余力のない米国の核抑止力に頼るだけで、我が国の国防は全うできるのか。昨年末に閣議決定された国家安全保障戦略は依然として「非核三原則」堅持を謳っているが、今こそ国防についてタブーなき議論を活性化すべきであろう。

 ●油断できぬ影響力行使・認知領域作戦
 一方、人民解放軍(PLA)の世界的プレゼンス拡大に関する章の中で、「影響力行使作戦」が大見出しで目立つように取り上げられていることにも注目したい。昨年の年次報告書では小見出しでさりげなく扱われていた。また昨年は文中にあっただけの「認知領域作戦」という言葉も、今年は見出しに登場する。
 影響力行使作戦とは、相手国を中国の国策上都合の良い状況にする作戦である。昨年末の国家防衛戦略で、ペロシ米下院議長訪台後に中国が我が国の排他的経済水域に弾道ミサイルを着弾させたことに関する記述で「わが国および地域住民に脅威と受け止められた」との自民党案に対し、親中の公明党は「わが国および」を削除するように主張して、公明党案の通りになったと報じられた。
 認知領域作戦は、相手国を精神的に支配して戦わずして勝利を収める作戦である。仮に台湾有事で沖縄県が「中国と戦っても無駄」と白旗を揚げ、台湾を支援する米軍の基地使用に抵抗すれば、中国は有利に台湾侵攻作戦を進めることができる。
 我が国に対する我が国に対する中国の影響力行使・認知領域作戦は功を奏しつつある。(了)