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西岡力

【第1113回】対南政策転換の理由は北住民の韓国への憧れ

西岡力 / 2024.01.29 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 北朝鮮で重大な政策転換が起きている。「韓国は統一されるべき同じ民族ではなく、戦争で平定すべき敵国」だとされた。昨年末の朝鮮労働党中央委総会と今年1月15日の最高人民会議で金正恩委員長が行った二つの演説でそれが明確に示された。
 特に驚かされたのは、後者の演説で、祖国統一3大憲章記念塔を「コルプルギョン」(見苦しい)と罵倒してその撤去を命じ、数日後に撤去が実行されたことだ。3大憲章とは金日成主席が提唱した祖国統一3大原則(1972年)、高麗民主連邦共和国創立方案(1980年)、全民族大団結10大綱領(1993年)であり、2001年に金正日総書記がそれを記念する巨大なアーチ型の記念塔を平壌から韓国方向につながる道路の入り口に建てた。塔のすぐ横には金日成主席の言葉を刻んだ大きな石碑も立っていた。
 それが撤去された。先々代と先代の首領を否定するとは金正恩委員長は平常心を失っている、と平壌市民がささやき合っていると聞いた。韓国の親北左派の動揺も著しい。最大野党・共に民主党の李在明代表は「先々代と先代の努力が傷つかないようにすべきだろう」と金正恩委員長に忠告さえした。

 ●北朝鮮の軍事行動はなさそう
 一体何が起きているのか。すでに私は昨年9月4日の本欄で「金正恩政権はこのままでは吸収統一されかねないという危機感を高めている」と書いた。平壌はもちろん地方都市や農村でも韓国ドラマが大流行して韓国への憧れが広がっており、当局が繰り返し取り締まっても、止めようがない。放っておくと韓国への吸収統一への願望が極大化しかねないと金正恩委員長が恐れたことが理由なのだ。金正恩委員長が戦争を口にしていることも韓国への恐怖の表れで、実際に軍事行動を起こすことはないと私は見ている。
 韓国情報流入への危機感は2020年12月に反動思想文化排撃法、2023年1月に平壌文化語保護法を制定したことからも分かる。2022年に出された政治学習文献によると「2021年、ある市では9000人余りの中高生が安全機関を訪れ、不純録画物(韓国ドラマなど)を見たと自首し、うち3000人余りが不純物の入っているUSBなどを提出した」という。
 1990年代半ばから配給が途絶えた結果、労働党に頼らず市場で商いをして食べてきた北朝鮮住民が今、韓国の豊かさを知って韓国への吸収統一を内心願っている。それに対する強い危機感から金正恩委員長は、「白頭山の血統」という自らの正統性の源を否定せざるを得ないほど追い込まれている。北朝鮮3代世襲政権の終わりが始まった。

 ●脱北者の活動が奏功
 韓国政府は金大中政権以降、短波放送や風船ビラ、USBなどで北朝鮮に外部の情報を流入する工作をやめた。その後、そうした活動を担ってきたのは脱北者人権活動家らだ。また、韓国に住む3万人超の脱北者が貧しい中でも北朝鮮の家族に送金をした結果、北朝鮮では脱北者の家族への憧れが高まり、若い女性は労働党党員より脱北者家庭に嫁入りしたいと願うようになったという。脱北者の必死の活動がついに北朝鮮を大きく変えたのだ。(了)
 
 

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