公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

荒木信子

【第1114回】「学問の自由」認めた韓国慰安婦訴訟

荒木信子 / 2024.01.29 (月)


国基研企画委員・韓国研究者 荒木信子

 

 1月24日、韓国ソウル西部地裁は、戦時中の慰安婦は売春婦の一種だとの発言で訴えられていた元大学教授に無罪を言い渡した。この裁判は、2019年9月、柳錫春・元延世大学教授の講義の録音が外部に流出し、その発言が名誉毀損に当たるとして元慰安婦支援団体「挺身隊問題協議会」(挺対協=「正義記憶連帯」の前身)が訴えたものである。
 裁判は次の三つの発言が名誉毀損に当たるかを争うものであった。それは、①慰安婦は売春婦の一種で、強制連行はなかった②挺対協は解散された親北政党の統合進歩党や北朝鮮と連携している③挺対協が元慰安婦に強制連行について虚偽の陳述をさせた―という発言である。①と②の発言は無罪となったが、③については有罪となり、罰金200万ウォン(約22万円)の支払いが命じられた。
 
 ●売春婦発言は名誉毀損に当たらず
 判決は、柳元教授の発言が韓国国民の通念とは異なるとしながらも「学問の自由」を強調した。元教授は判決後メディアのインタビューで「無罪が出て幸いだ。最も私を苦しめたのは、慰安婦のおばあさんたちがお金を稼ぎに行ったとの発言は間違いだとメディアが大騒ぎしたことだ。それでも無罪判決となった。それが最も重要なことではないか」と述べ、無罪判決を喜ぶと同時にメディアへの批判も表明した。また、有罪とされた部分については控訴するという。
 実際、2019年当時、メディアは「『慰安婦は売春婦』妄言、柳錫春は学校から出ていけ」(9月22日付ハンギョレ新聞社説)、「自省しないどころか、学校・メディアのせいにする柳錫春」(同月28日付東亜日報)などと、まさに個人攻撃であった。
 原告の正義記憶連帯は、国民世論が常識だとした上で、「一般的な事実として全世界、国連、国際社会が認定している被害者に関する歴史的事実を否定する発言が正しいと主張することは国民的常識に合わない」とし、「反人権的、反歴史的」な判決だと反発した。
 
 ●なお厚い「通念」の壁
 上記の三つの争点は慰安婦問題の本質に関わる。すなわち慰安婦は日本の強制連行によるなどという虚構が広がったこと、元慰安婦たちを旧挺対協などが運動に利用したこと、そしてこの運動と北朝鮮との関係である。名誉毀損に当たらないという結果にはなったが、慰安婦問題の陰に北朝鮮や親北勢力がいることには無頓着なまま、すべての責任は日本にあるという韓国社会の「通念」そのものが否定された訳ではない。
 昨年10月には元慰安婦から名誉毀損で告訴されていた朴裕河・世宗大学名誉教授に対し、韓国大法院(最高裁)が無罪の判断を示した。こうした訴訟が頻発し、真摯に真実を求める教授たちが戦わざるを得ない姿を見ると、真実追求を阻む力が働くこと、そして「通念」の壁が厚いことを再認識させられる。(了)