公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

黒澤聖二

【第1187回】海自艦の台湾海峡通過は一歩前進

黒澤聖二 / 2024.09.30 (月)


国基研企画委員兼研究員 黒澤聖二

 

 海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」が9月25日、台湾海峡を通過した。オーストラリア海軍の駆逐艦やニュージーランド海軍の補給艦と連携した行動であった。8月31日には中国軍の測量艦が鹿児島県トカラ海峡のわが国領海を通過し、一部メディアはこのことと絡め、前例のない対抗措置に踏み切ったと報じている。他方、中国国防省報道官は「中国の主権と安全を損なう挑発行為に断固反対する」と強く反発したが、これは予想の範囲内である。
 日本が領海に侵入されても抗議声明のみというこれまでの遠慮がちな対応を脱し、実際の行動に出たことは、一歩前進と評価できる。

 ●当然の権利行使
 台湾海峡では、これまで米海軍をはじめ、カナダ、ドイツ等の艦艇が通過してきた。対する中国側は反発こそすれ、厳しい対応には出ていない。それもそのはずで、中国大陸と台湾の間に広がる台湾海峡は、最も狭い所でも幅約130キロあり、両岸からの領海幅合わせて約43キロ(24カイリ)を差し引くと、外国船が自由に通航できる幅約87キロの水域が残る。つまり、本来なら一切の反発が起こり得ない水域なのである。
 そもそも、わが国最西端の与那国島と台湾の間は約111キロあり、台湾海峡はここより広いという地理的要素を考え合わせるなら、いままで通過しなかった理由を見いだすことが困難なほどである。
 これまであまりに遠慮がちな態度を保ってきたので今回の通過が目立ったが、当然の通航権をようやく行使しただけである。

 ●首相は不測の事態を考えたか
 報道によると、海自艦艇の台湾海峡通過は岸田文雄首相の指示によるとのことである。それならば、岸田首相は中国人民解放軍による不測の事態が起きる可能性を考えて指示したのだろうか。
 米海軍であるならば、平常時から現場の艦艇に対応権限を与えておくことが普通であり、不測の事態が生じても、現場にいる部隊指揮官の判断で、即座に自衛権を行使して反撃が可能である。
 他方、海自艦艇は平常時の警戒監視任務の部隊行動基準(ROE)に従って行動するはずであり、権限行使の幅が狭いため、即座に現場の判断で反撃することは困難である。
 自衛隊制服組トップの吉田圭秀統合幕僚長は26日の会見で「事態をこれ以上エスカレートさせないことが大事だ」と強調した。その含意は、中国に理解させるという側面と、これ以上事態が悪化すると対応困難だという不安感の表れだったのではないかと想像できる。
 岸田首相が想定可能な最悪を見越して指示したことを期待するとともに、石破茂次期首相には是非とも現場指揮官に現場の判断で反撃できる権限を与えて欲しいと願う。(了)