公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

髙井康行

【第1326回】「無期」求刑の見識を疑う

髙井康行 / 2025.12.22 (月)


弁護士 髙井康行

 

 検察官は、安倍晋三元首相銃撃で殺人罪などに問われた山上徹也被告人に対する求刑を極刑ではなく無期刑に止めた。極めて失当というべきだろう。この求刑に対しては、長崎市長射殺事件の死刑求刑との均衡を失しているとか、無期刑では同種事件の再発を抑止できないといった批判が容易に想定できるが,もっと問題なのはその論告の中身だ。

 ●安倍氏の無念に無理解な検察
 検察官は論告で、安倍元首相は首相時代ほどの過密スケジュールをこなす生活ではなく、潰瘍性大腸炎も寛解して家庭人として家族と過ごす時間がようやく増えてきたところであったのに、自分が何故、誰に銃撃されたのか理解することも、家族や親しい者に声を掛けることもできない状況で、その生涯をかけてきた政治活動を奪われると共に、家族等と過ごすはずだった時間を奪われ、その無念さは察するに余りあると言う。ここには小市民的な検察官の思考が浮かび上がっている。そのような検察官には、安倍元首相の思いを汲み取ることはできないのだろう。暗澹たる気持ちになる。
 極端な言い方をすれば、この論告は安倍元首相を侮辱するものだ。果たして安倍元首相は、潰瘍性大腸炎が寛解したから、これからは家庭人として平穏に生きたいと願っていたのだろうか。安倍元首相が死に臨んで思ったことは、家族や親しい者に声を掛けることができないことの無念だっただろうか。
 そうではあるまい。安倍元首相は、将来台湾有事が起こり、それが日本有事に繋がりかねないことを鋭く見通していた。そして、そのような国難の時が来たら、三たび自分が首相となって日本を国難から救うべき使命と責任があると自覚していたはずだ。
 安倍元首相の無念は,潰瘍性大腸炎が寛解したのに残りの時間を家族と過ごすことができなくなったことにあるのではない。死に臨んで安倍元首相の脳裏をよぎったのは、台湾有事が起きたとき日本は大丈夫だろうかという、日本を憂うその一心ではなかったのか。

 ●日本の運命を変えた銃弾
 検察官は、安倍元首相の無念さを察するに余りあるというが、まさに「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」(ツバメやスズメのような小さな鳥には、オオトリやコウノトリのような大きな鳥の志は分からない)というべきだろう。検察官の論告では、安倍元首相は政治的役目を事実上終えて、これからは平穏な家庭人としての余生を楽しみにしている元有力政治家のように描かれている。しかし、安倍元首相はそのような政治家ではない。
 山上被告人の放った銃弾は、安倍元首相の運命を変えただけではない。日本の運命をも変えたのだ。検察官は重要な情状事実を誤認して求刑を決めたと言わざるを得ない。検察官はその見識を疑われて当然だ。改めて、泉下の安倍元首相の無念を想う。(了)