公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

松田学

【第147回】TPPで問われる「保守」の本質

松田学 / 2012.06.25 (月)


国基研企画委員・横浜市立大学客員教授 松田学
 
日本の先を越してカナダとメキシコのTPP(環太平洋連携構想)交渉参加が承認された。だが、両国はもともと、昨年に日本が交渉参加を示唆したことを契機に参加を表明した国々だった。その理由は、TPPに入る日本との経済取引の有利性を維持するためであり、それは日本が参加した場合のTPPでの日本の立場の強さを暗示するものでもあった。

交渉参加は「親米」と無関係
両国が米国からみればNAFTA(北米自由貿易協定)のパートナーであるとの背景もあろう。だが、肝心の日本の参加を米国がスンナリと承認しないという事態は、TPP反対論者の多くが主張する米国陰謀論、すなわち「日本を狙い撃ちした事実上の日米FTA」との認識が正確ではないことを示している。既に欧米との長年の経済摩擦で完成度と開放度の高い市場とルールを具備するに至った日本から、米国がTPPを用いて獲得できる利益は必ずしも多くない。TPPで米国が狙うのは、もはや経済が収縮する日本ではない。かつての日米構造協議や郵政民営化などで懸念された事態とは状況は異なっている。TPPの米国や日本にとっての意味はむしろ、成長するアジア太平洋地域の市場を開くことにある。

そこでのルール形成に早い段階から参画し、時に米国に「ノーと言える日本」を演じつつ、国際秩序に日本の国益を反映させる場を得るのが交渉参加の意味である。それは米国に従う道ではない。回避すべきは、交渉から逃げ続ける結果、日本とは無関係に出来上がるTPPルールが将来、APEC(アジア太平洋経済協力会議)地域全体の秩序となって日本に押し付けられる事態だろう。

保守が拠って立つべきものは
不思議なことに、TPP交渉参加を唱える者には「対米従属」「親米派」とのレッテル貼りが「保守」の立場からなされることが多い。だが、最近の中国大使館員スパイ問題が対日反TPP工作だったかどうかはともかく、中国が主導するアジア太平洋秩序の形成に日本が組み込まれていく流れに対してこそ異を唱えるのが、保守の立場なのではないか。ベトナムのTPP参加の背景には、中国支配を忌避したい同国改革派の深謀遠慮がある。

現に、TPPへの意思表明で日本の中国に対する立場は強まった。近年専ら米国に目を向けていた中国にとって、日本は一目置かざるを得ない存在となった。その流れの中で進み始めた日中韓の自由貿易交渉には熱心な野田政権がTPPに対しては逡巡しているうちに、日本が獲得しつつあった優位を喪失することこそ保守は懸念すべきではないか。

TPPを知れば知るほど、「国益派」なら交渉参加にくみすべきことが判明するだろう。そもそも保守とは現状維持を意味するものではない。既得権益を守り、ヌクヌクと自国の弱さに甘んじていては、日本は崩壊する。こうした冷徹な認識と国家意識の下に、自国の強さと独自性を守り発展させるために不断の変革の努力を厭わない。ここに保守の本領があるはずだ。TPPは、保守とは何かを改めて問いかける試金石なのかもしれない。(了)

PDFファイルはこちらから。
第147回:TPPで問われる「保守」の本質(松田学)