国基研企画委員・東京国際大学教授 大岩雄次郎
各党の公約案が出揃うなか、安倍晋三総裁の発言に端を発した自民党の金融緩和策が注目を浴びている。しかし、日本がデフレを脱却するために必要なのは、金融緩和によって金融システムに溢れている資金を実体経済に流す構造改革、規制緩和、税制改革といった政策である。
量的緩和の効果は限定的
リフレ派(政策的にインフレを起こす考え方)の人は、日本の量的緩和政策(QE)の規模が小さく、小出しに実施する故にインフレ効果がないと主張し、米国のような大規模な量的緩和を求める。
米連邦準備制度理事会(FRB)は昨年までに2 回の量的緩和政策を実施し、9月13日には量的緩和第3弾(QE3)を決定した。量的緩和第1弾(QE1、2008年11月)後も失業率は9%台から下がらず、金融機関の利益は回復したが、雇用増大には繋がらなかった。量的緩和第2弾(QE2、2010年11月)後も、失業率は9.8%から2011年3月の8.8%まで低下したに過ぎない。量的緩和策による貨幣供給の増加を通じた実体経済への影響(失業率の改善、設備投資の増加、経済成長率の上昇、住宅価格の下げ止まり等)は認められなかった。
QE3についても、株式の評価水準がQE1、QE2実施時より大幅に上がることは期待できないし、米政府は2013年度には緊縮財政を表明しており、また主要国の中央銀行も既に量的緩和を実施している中、ドル安の加速は期待できないことを勘案すれば、債券や信用、為替、株式市場などを通じた実体経済への波及は期待できない。総じて言えば、量的緩和策はある程度景気回復を促すが、投資刺激や失業率の改善には役に立つとはいえない。
肝心な構造・規制改革
日本銀行は既に無制限の緩和を行っている状況にある。日銀の総資産(対GDP比)は2011年以降の約2年間で27%から33%へ拡大したのに対し、FRBは17%から19%への拡大にとどまっている。しかし、現在のドル円相場は2011年初めとほぼ同レベルで、顕著な円安にはなっていない。さらに、金融緩和政策は国債の貨幣化(通貨の増発による国債の購入)であり、結局日銀の国債保有残高の増加を引き起こし、財政規律を緩め、財政再建に逆行する。
名目金利がゼロの状況下で、中央銀行がいくら国債を購入しても、供給される資金は銀行システムの中にとどまり実体経済には届かない。重要なのは資金需要があるかどうかであるが、日本企業は全体でみると依然資金余剰の状態にあり、外部からの資金調達を積極的に行っていない。トレンド的にも資金需要が少なく、景気が上向く予想がないため、多くの企業では借り入れをしてまで設備投資を行わない状況にある。
財政や金融政策は、本質的には対症療法であり、問題の先送りである。日本経済の再生には資金需要の創出が不可欠であり、それには経済構造の抜本的な改革が必要である。
自民党の政権公約の「不断の規制改革」を宣言だけに終わらせてはならない。TPP(環太平洋経済連携協定)参加に逡巡するようではその公約は果たせない。金融緩和政策や財政支出政策より、国際基準に見合わない制度や規制の改革が再生戦略の本筋である。(了)
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第169回:金融緩和だけでは経済を再生できない(大岩雄次郎 )