国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力
北朝鮮の金正恩政権がおかしい。独裁システムは維持されているが、肝心の独裁者の統治能力が著しく低いため、この1年間、さまざまなところで統治の乱れが顕在化している。
無謀な酷寒期のミサイル発射
今回のミサイル発射騒ぎもその一つだ。北朝鮮は12月10日から22日までの期間に彼らの言うところの人工衛星打ち上げを行うと1日に予告していた。ところが8日、朝鮮宇宙空間技術委員会報道官名義で「一連の事情が生じ、打ち上げ時期を調整する問題を慎重に検討している」と対外発表して、発射延期を示唆した。技術的に失敗する可能性が高まったからと思われる。
そもそも、12月の酷寒期に発射するとした今回の予告に無理があった。気候が温暖な4月に失敗してまだ8ヵ月も経っていない。失敗の原因究明と対策が完了するには短すぎる上、これまで実施したことのない酷寒期という悪条件をわざわざ選んだ。その理由は、4月の祖父・金日成の命日に合わせて発射して失敗した金正恩が、12月の父・金正日の命日には成功させよと担当部署に命令したからだ。だからこそ、発射は金正日の遺訓だと公言していたのだ。それを中止するとすれば、まさに金正恩の判断ミスだ。
対日・対韓工作も頓挫
一方で金正恩は野田政権を相手に裏交渉を進め、日本の総選挙期間中の12月5~6日に北京で2回目の日朝政府間協議を開催することを決めていた。私は、支持率回復の手段に拉致問題を使いたい野田政権が、「とにかく再調査を開始すると言ってくれ」と懇願していたという情報を入手した。その見返りに、次期政権を拘束しかねない大幅な譲歩をする危険性が高まっていた。また、韓国の大統領選挙で従北左派の文在寅が与党候補の朴槿恵を猛追していた。
ミサイル発射予告は日朝協議を延期させ、韓国で保守バネを刺激し朴槿恵を助けた。北朝鮮の対日、対南工作部門(統一戦線部)からすると、せっかく日本と韓国で工作を進めていたのに発射予告でつぶされたことになる。その上、発射も延期であれば、混迷の度は深い。
昨年12月、金正日が死んだ直後に、脱北者のリーダー金聖玟・自由北韓放送代表は「金正日が作り上げた個人独裁システムは強固だからすぐには壊れないので、金正恩独裁体制への移行は進むだろう。しかし、全ての事項の決済を個人が行うシステムの独裁者になるには、金正恩は若く経験がなさ過ぎる。相互に矛盾する決済が出て、現場は混乱に陥るだろう。そのミスにどうつけ込むかが課題だ」と語っていた。
その後の展開はまさに金聖玟氏の予言通りだった。2月に米国から食糧支援を得る合意に達しながら、食糧が到着する前にミサイル発射予告をしたため、支援を得ることができず、その上、発射も失敗した。その後、韓国の李明博大統領と言論機関などを口汚く罵り、テロ予告をしたが、何もできなかった。干ばつなどの影響でコメやトウモロコシが大不作で、闇市の食糧価格は昨年の2倍の水準に暴騰し、春には大量餓死が出るかもしれないといわれる。
金正恩政権は今後もミスを続け、弱体化していくだろう。状況は流動化してきた。わが国の次期政権は緊迫感を持って対北戦略を構築しなければならない。(了)
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第170回:独裁者が若さ露呈、北朝鮮統治に乱れ(西岡力)