公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

島田洋一

【第389回】「自由世界のリーダー」はどこへ

島田洋一 / 2016.07.25 (月)


国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一

 

 「アメリカを再び偉大にしよう」を最初に米大統領選挙のスローガンに用いたのは、1980年の共和党候補ロナルド・レーガン氏であった。リベラル派はレーガン氏を単細胞で危険な人物と批判したが、今では「自由世界のリーダー」にふさわしい理念と意志を持った政治家との評価が固まった観がある。
 しかし、同じスローガンを唱えるドナルド・トランプ氏の共和党大統領候補指名受諾演説には、「自由世界のリーダー」を思わせる要素はなかった。トランプ氏が繰り返し強調した「法と秩序」の確保は国内次元の議論にとどまり、国際的な「法と秩序」にまで広げて論じられることはなかった。

 ●欠落した国際的視点
 トランプ氏は中国の「とんでもない知的財産窃盗」などの経済的不法行為を強く非難する。その部分で徹底的に闘ってくれるなら、それはそれで大きな意義がある。しかし、いま国際的に最も注目を集める南シナ海における「法と秩序」無視には何の言及もなかった。
 トランプ氏は環太平洋経済連携協定(TPP)のような多国間合意を、複合的な譲歩を強いられる仕組みとして排斥し、各個撃破的な二国間交渉により「アメリカ第一」を貫くという。その姿勢が、米国艦船の航行の自由さえ確保されればよいという米中二国間の南シナ海合意につながらなければ幸いだ。
 演説には、プーチン・ロシア大統領の強引な拡張政策を批判する言葉も見られない。共和党主導で2月に成立した北朝鮮制裁強化法に基づき、独裁者が制裁対象に指定された北朝鮮にも全く言及がなかった。一時間を超える演説中、「人権」という言葉が一度も現れない。「自由」という言葉も「我々の自由と独立を減じる貿易協定にはサインしない」という文脈で一度現れるだけである。
 米国を軽んじる行為は絶対に許さないが、米国と米国民に直接の危害を加えない限り、何をしようが関知しない、というのがトランプ演説から浮かび上がる国際哲学とさえ思える。レーガン氏の場合、スローガンの「偉大」が意味するところは明白だった。トランプ氏の場合、「偉大」とは何を意味するのか、少なくとも外国人にはよく分からない。

 ●「中国第一」を阻止せよ
 「我々が巨額のコストを掛けて守っている国々は、応分の負担をすることを求められる」とトランプ氏はこの演説でも強調した。応分の負担は当然だが、議論がカネの次元にとどまっているのが、いつもながら残念だ。「我々に集団的自衛権の発動を期待する国々は、同様の姿勢で応じねばならない」などと、より理念的な次元から迫るのが、自由世界のリーダーにふさわしい態度だろう。
 もっとも、日本にトランプ氏を批判する資格があるのかと問われれば、現状ではないと答えざるを得ない。自由世界で第一の大国アメリカと第二の大国日本が、国際社会の「法と秩序」回復に向けた意志を欠くとすれば、アジアは「中国第一」の秩序になびいていくことになる。それを防ぐには、日米の連携がますます必要となろう。(了)