公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

大岩雄次郎

【第546回】「対中共闘」を打ち出した日米共同声明

大岩雄次郎 / 2018.10.01 (月)


国基研企画委員・東京国際大学教授 大岩雄次郎

 

 日本政府はこれまで、日米2国間による自由貿易協定(FTA)交渉入りの回避に腐心してきたが、9月26日の日米首脳会談で、2国間の物品貿易協定(TAG)締結に向け、関税協議を含む新たな通商交渉に入ることに合意した。
 政府は、TAGとFTAとは全く異なると主張するが、「日米共同声明」の内容によれば、実質的なFTA交渉に繋がる最初の一歩であることは誰の目にも明らかであろう。政府は、トランプ米政権が離脱した環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の求心力を弱めないよう注意しながら、TAGの交渉に取り組む必要がある。
 日米共同声明が中国の不公正な貿易慣行について、日米や日米欧の共同対処を打ち出したことも特筆される。

 ●TAGは実質的FTA
 日米共同声明では、3項に「日米物品貿易協定(TAG)について、また,他の重要な分野(サービスを含む)で早期に結果を生じ得るものについても、交渉を開始する」とされ、4項に「上記の協定の議論の完了の後に、他の貿易・投資の事項についても交渉を行うこととする」と記されている。これは、明らかに、単に物品貿易の関税問題の範囲を超えたFTAであり、さらに4項の領域まで及べば、経済連携協定(EPA)である。
 「現在のTPPはひどい協定だ」とするトランプ政権が、今後、TAG交渉でTPP以上の譲歩を迫ってくることは十分予想される。既に、TPPの一員であるメキシコは、北米自由貿易協定(NAFTA)見直し交渉における米国との2国間暫定合意で、市場アクセスの面でも、ルールの面でも、TPPの水準を超えて米国の要求を受け入れた。
 米国が自動車への追加関税を脅しに2国間交渉をすれば、TPPを上回る譲歩を相手国から引き出すことができるという「成功事例」が日本との交渉で生まれれば、TPPの求心力を弱め、自由経済圏の拡大にマイナスとなる。さらに、TPPの政治的役割、つまり中国に自由で公正な貿易ルールを順守させる圧力を弱体化させかねない。TAGで日本がTPP以上の妥協をすることは許されない。

 ●中国の「不公正貿易慣行」に共同対処
 日本の報道ではTAG交渉開始の陰に隠れて目立たなかったが、日米共同声明には、他にも重要な合意が盛り込まれた。6項が明らかに中国を念頭に置いて、「知的財産の収奪、強制的技術移転、貿易歪曲的な産業補助金、国有企業によって創り出される歪曲化及び過剰生産を含む不公正な貿易慣行に対処するため、日米、また日米欧三極の協力」を打ち出したことである。
 その背景には、9月25日にニューヨークで開催された第4回日米欧3極貿易相会合でWTO改革の共同提案に合意したことがある。会合の共同声明は、中国の名指しを避けながらも、その不公正貿易慣行に警鐘を鳴らし、日米欧で対中包囲網づくりを急ぐ意図を明確に示した。
 安倍晋三首相には、「対中共闘」を具体的な行動に移す指導力が求められる。首相は9月25日の国連総会一般討論演説で、「自由貿易の旗手として立つこと」は「日本の歴史に根差した使命」であると宣言した。その真価が問われるのはこれからだ。(了)