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西岡力

【第547回・特別版】南北軍事合意に専門家の批判強まる

西岡力 / 2018.10.01 (月)


国基研企画委員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 9月の平壌での南北首脳会談の際、韓国の国防相と北朝鮮の人民武力相(国防相に相当)の名前で出された軍事合意文書に対し、韓国軍関係者から批判が高まっている。
 「歴史的な『板門店宣言』履行のための軍事分野合意書」と銘打たれた同文書では、2018年11月1日より、①地上では、南北の軍事境界線より5キロ以内で砲兵射撃訓練および連隊規模以上の野外機動訓練を全面中止②海上では、海の休戦ラインとも言える北方限界線(NLL)を挟み、南北80キロの海域で砲射撃および海上機動訓練を中止③空中では、ソウル付近の西部地域では軍事境界線から20キロ、東部地域では40キロに飛行禁止区域を設定―とした。

 ●韓国軍の監視能力奪う飛行禁止区域
 いまだに北朝鮮は非核化を実行していない。その段階で通常戦力において韓国軍がほとんど一方的に優位を失う危険な合意だ。韓国軍関係者がとりわけ問題視するのは、韓国空軍の監視偵察能力を奪う飛行禁止区域の設定である。申元植・元韓国軍合同参謀本部次長は韓国紙・文化日報(9月21日)で「軍事合意は降伏文書水準だ」と次のように酷評している。申氏は退役陸軍中将で、第3師団長、首都防衛司令官など軍中枢部の要職を歴任した。
 一、北朝鮮軍は通常戦力において、兵員、兵器とも韓国軍より2~3倍多い量的優位にある。韓国軍は質的優位で戦力均衡を図ってきた。韓国軍の優秀な監視偵察と精密攻撃の能力が北朝鮮軍の量的優位を相殺する手段だ。この手段の核心を作戦現場で運用できないようにマヒさせるのが、飛行禁止区域の設定だ。
 一、今後、北朝鮮の長射程砲がトンネルからいつ出てきて射撃をするのか、北朝鮮軍がどのように前方配置され、移動するのかが(飛行禁止区域の設定で)分からなくなった。
 一、北朝鮮軍が威嚇行動をとると探知できれば、韓国軍は攻撃しなければならない。ところが監視できないと攻撃自体が不可能になる。韓国軍は砲兵や地上戦力は劣勢だが、空軍戦力は優勢だ。2000ポンド合同精密爆弾(J-DAM)、5000ポンドバンカーバスターなど空軍の誘導兵器は、監視偵察能力の助けを受け、長射程砲のあるトンネル、北朝鮮軍の主要な指揮所、通信所、弾薬貯蔵施設を攻撃できる。これらは北朝鮮軍が最も恐れる兵器だが、射程が20キロだから、飛行禁止区域の設定で無力化される可能性がある。

 ●国民に届かぬ元軍首脳の警告
 ところが、この警鐘は大方の韓国国民の耳に届いていない。文在寅大統領の支持率は平壌での南北会談後、10~20ポイントも上昇した。主権者が覚醒しなければ韓国は国家自殺するしかないと、趙甲済氏ら保守派リーダーが叫んでいるが、マスコミはそれをほとんど報じない。(了)