公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

大岩雄次郎

【第651回】米中貿易戦争をWTO改革の契機に

大岩雄次郎 / 2020.01.20 (月)


国基研企画委員兼研究員 大岩雄次郎

 

 米中両国は2年にも及んだ交渉の末、1月15日、「第1段階」の経済・貿易協定に署名した。「第1段階」であることが今回の合意の成果を象徴している。
 協定内容の実体的なインパクトはそれほど大きくない半面、「第2段階」の合意についての不確実性は極めて大きく、予断を許さない状況と言えよう。

 ●「合意」という名の一次休戦
 「第1段階」の合意内容は、次の7項目に大別される。(1)知的財産権の保護強化 (2)外国企業への技術移転の強要禁止 (3)中国による米国産農産品の購入 (4)金融サービス部門での外資規制の緩和 (5)為替・通貨政策の透明度の改善 (6)貿易拡大 (7)紛争解決。
 トランプ米大統領は「真の構造改革」と成果を強調するが、実効性に課題が残されている項目が多いだけでなく、中国政府の企業への産業補助金問題は含まれていない。その分、(6)に関する成果を誇示せざるを得なかったことが透けて見える。
 貿易拡大について、中国は米国からの輸入を2年間で総額2000億ドル増やす。他方、米国は追加関税の一部の低減や発動見送りにとどまり、実施されている追加関税の大半を据え置いた。
 中国による2000億ドルの輸入拡大についても懐疑的な見方が多い。米国の貿易の歴史でかつてない増加規模であるだけでなく、中国の劉鶴副首相は「国内市場の需要に応じて購入する」と米国をけん制している。
 トランプ大統領も習近平中国国家主席も共に今回の合意を必要とした事情がある。米国では既に、農業者の倒産増加に加えて、保護政策の効果が薄れ、ラストベルト(中西部などのさびれた工業地帯)の製造業が苦境に陥っている。今回追加関税の発動を見送った品目には、中国からの輸入額が多い携帯電話機、通信機器、玩具などが入っている。これら品目は中国産シェアが高く、供給地の代替が難しく、かつ利益率が低いので、追加関税が課されるとコストは消費者に転嫁され、米国経済に大きな打撃を与える恐れがあった。
 一方、中国の2019年の対米輸出は前年比12.5%減、輸入は20.9%減となり、これを背景に国内総生産(GDP)の実質成長率は6.1%にとどまり、29年ぶりの低水準となった。中国にとっても、自国経済の先行きを大きく左右する対米関係の改善は不可欠であった。

 ●長期化必至の「第2段階」
 「第2段階」では、中国経済の構造問題という核心部分を避けて通れない以上、交渉の長期化は必至である。米中の衝突が直ちに両国経済のデカップリング(分断)に進む可能性は大きくないとはいえ、グローバル・サプライチェーン(供給網)を棄損し、ブロック化を促すリスクがある。
 そうしたリスクを回避し、自由で公正な貿易体制を回復するために、何をなすべきか。日本にもその答えは求められている。
 折しも、日本、米国、欧州連合(EU)は14日、三極貿易相会合を開き、中国を念頭に産業補助金の禁止項目を増やす方向で世界貿易機関(WTO)改革を進めることで一致した。これを機に、早急に加盟国・地域の支持拡大を図り、WTO改革の実現につなげることが不可欠である。 (了)