公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

櫻井よしこ

【第650回・特別版】習氏に勝った台湾の民意

櫻井よしこ / 2020.01.16 (木)


国基研理事長 櫻井よしこ

 

 鮮やかな勝利だった。台湾総統の蔡英文氏は史上最高の817万余票、57%強の得票率で再選された。中国国家主席、習近平氏が台湾に強要を試みた「中台統一」と「一国二制度」は、台湾の民意に完膚なきまでに否定された。
 1年前の1月2日、習氏が「統一は必然」であり「実現されなければならない」と語ったとき、蔡氏は直ちに「絶対に受け入れない」と拒否した。有権者は、台湾の主権は蔡氏にしか守り通せない、国民党では不可能だと見て取った。蔡氏勝利の最大要因は習氏と香港の抗議運動に対する弾圧だった。

 ●米台関係深化へ
 蔡氏勝利で米台関係はさらに深化するだろう。勝利確定の翌日、蔡氏は米国在台協会台北事務所長(駐台大使に相当)のブレント・クリステンセン氏に会った。より多くの武器及び軍事技術の供与を米国に要請し、台湾防衛力強化の意思を鮮明にした。米国はM1A2エイブラムス戦車、地対空ミサイル、新型戦闘機F16Vなどの供与を決定済みだ。これら全てがネットワーク化され、中国への強い抑止力となる。中国はブッシュ、オバマ両政権時代とは比較にならないほど、台湾を巡る米軍の動きを気にせざるを得なくなる。
 蔡氏の安定した政権運営が続く限り、国際社会は民進党主導の台湾の対中闘争を支持し続けるだろう。そこで留意すべきは蔡氏の内政における手腕である。
 総統選は蔡氏の圧勝だったが、国民党も前回の381万票から552万票へ票を伸ばした。総統選での民進党と国民党の得票差は18ポイント開いたが、立法院(国会に相当)選では5ポイント差だった。蔡氏の内政は必ずしも有権者の納得を得ていないということだ。
 理由のひとつは、アジアで初めて同性婚を容認したことに見られるように、蔡氏の理念先行のリベラリズム政治のやりすぎであろう。リベラリズムに傾く余り、民進党の伝統的支持者である農民や労働者を取り込みが弱いのだ。中国の脅威に対峙するのに台湾人の団結が何よりも必要ないま、蔡氏の課題である。

 ●最大限の支援が日本の国益
 他方、国民党の分裂と弱体化はさらに進むのではないか。国民党は以下の3勢力に分類される。①台北本部の高級外省人②地方組織所属の党員③蒋介石に従って逃れてきた老兵約200万人とその家族―である。
 ①のトップである蒋介石は日本が残した財産を接収し、その財力で②と③を支配したが、その資産がいま凍結され、使えない。③の老兵の息子である国民党総統候補、韓国瑜氏は、鴻海精密工業のオーナー、郭台銘氏の資金援助を受け、国民党本部の資金に頼らず、②と③を影響下に置いた。国民党が下克上によって二分されたのだ。
 立法院で過半数を得た蔡氏と民進党が安定した政権運営を続けられれば、国民党の勢力は衰退し続けると思われる。台湾の内外で中国と対峙する蔡氏と民進党にできる限りの援助を素早く実施するのが民主主義国、日本の国益である。(了)