公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

織田邦男

【第1145回】核の威嚇に動じない抑止戦略の構築を

織田邦男 / 2024.05.13 (月)


国基研企画委員・麗澤大学特別教授・元空将 織田邦男

 

 ロシア国防省は、第2次世界大戦の対独戦勝記念日を前にした5月6日、ウクライナとの国境に近い地域で、戦術核兵器の使用を想定した訓練の準備を開始したと発表した。
 9日の戦勝記念日において、ウラジミール・プーチン露大統領は「われわれの戦略部隊はいつでも戦闘準備ができている」などと、核戦力について繰り返し言及した。軍事パレードでは、核弾頭搭載可能な短距離弾道ミサイル「イスカンデル」が登場した。

 ●瓦解寸前のNPT体制
 米国防総省報道官は「無責任な発言で、現在の安全保障環境を考えると、まったく不適切だ」と強く批判した。北大西洋条約機構(NATO)の報道官も「危険で無責任」だと切り捨てた。ウクライナ国防省の報道官は「核による脅しはプーチン政権の常とう手段だ」とし、取り合わない姿勢を示した。
 ロシアの核威嚇は今に始まったわけではない。2022年2月24日のウクライナ戦争開始当日、プーチン大統領は「ロシアは最も強力な核大国だ」と述べ、同月27日には核抑止力部隊を特別態勢に移行させた。昨年3月には、ベラルーシへ戦術核を配備している。
 核兵器は広島、長崎への原爆投下以降、使用されていない。では、核は無用の長物かというとそうではない。「核は使われない限り有効である」(ルトワックのパラドクス)と言われるように、核による威嚇・恫喝は極めて有効である。プーチン大統領の威嚇を受け、バイデン米大統領は早々に「米国は(ウクライナに)軍を派遣しない」と述べている。核大国の米国がロシアの侵略を抑止しなければならないのに、逆に米国が抑止されてしまった。
 他方、核大国ロシアが非核保有国ウクライナを核で威嚇したことにより、核不拡散体制は瓦解寸前にある。核拡散防止条約(NPT)は、現在191か国・地域が締約している。だが同条約は、核の独占を認められた国連安保理5常任理事国が非核保有国には核を使用せず、核による威嚇・恫喝もしないことが前提になっている。

 ●非核三原則でいいのか
 ウクライナ戦争の実相を見て、北朝鮮は決して核を放棄しないだろう。また核の保有を目指す独裁国家が続々と出現するに違いない。核不拡散体制が瓦解すれば、米国の拡大抑止も従前通りには機能しないことが予想される。日本はこれまでのように、核の脅威から眼を背け、「非核三原則」を念仏のように唱えるだけでいいのか。
 2022年12月に閣議決定された国家安全保障戦略は、優れた戦略である。だが核については、米国の拡大抑止への依存と非核三原則の厳守しかなく、核抑止戦略が抜け落ちている。国家安全保障戦略としては、まさに画竜点睛を欠いている。
 我が国は中国、ロシア、北朝鮮の三つの核保有国に囲まれている。核の脅威にただ怯えているだけでは、主権国家とは言えない。核保有国からみれば、最も御し易い国に違いない。タブーなき議論を開始し、早急に核抑止戦略を構築しなければならない。(了)