公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

  • HOME
  • 今週の直言
  • 【第1212回】自由統一を阻害する韓国の陰謀論者たち
西岡力

【第1212回】自由統一を阻害する韓国の陰謀論者たち

西岡力 / 2025.01.06 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 私の研究対象である朝鮮半島は昨年、大激動を迎えた。北朝鮮世襲独裁政権の3代目である金正恩総書記が2023年12月の労働党中央委員会総会と2024年1月の最高人民会議(国会)で、「韓国は統一すべき同じ民族ではなく敵対する外国だ」と宣言し、故金日成主席と故金正日総書記の民族統一戦略を否定した。
 祖父と父の否定は統一戦略だけにとどまらず、金日成を太陽と呼ぶことをやめ、金日成生誕の年を元年とする主体暦の使用も中断し、独裁を支えるイデオロギーも主体思想と呼ばず「金正恩の革命思想」と呼び始めた。
 大多数の北朝鮮住民が、韓国は豊かで自由な先進国になったという真実を知り、韓国に憧れを持つようになった。それを恐れた結果だ。朝鮮半島現代史における韓国の勝利だ。

 ●ユーチューブ信じた尹大統領
 ところが、勝者の韓国で右翼全体主義が台頭している。昨年12月、尹錫悦大統領が4月の総選挙での与党大敗は北朝鮮や中国による不正選挙のためだとする陰謀論にとりつかれ、戒厳令を宣布して軍を国会と選挙管理委員会に送る親衛クーデターを試みて失敗した。
 韓国の選挙開票は完全に人の手で行われており、選管のコンピューターをハッキングしても不正を行うことができない。ところが、尹大統領は戒厳令失敗後の談話でも、北朝鮮による選管コンピューターへのハッキングを調査することが戒厳令の目的だったと明言した。不正選挙陰謀論は一部ユーチューバーが主張し続けてきたが、尹大統領は国家情報院や選挙管理委員会の説明ではなくユーチューブを信じて戒厳令を宣布した。
 その上、国民の4分の1程度が「不正選挙疑惑解消のために戒厳令が必要だった」と考え、尹大統領をいまだに支持している。保守派ではなんと約半分が不正選挙陰謀論を信じている(東亜日報世論調査)。

 ●保守分裂で左翼に漁夫の利
 韓国の保守派は不正選挙陰謀論のために保守自由主義者と右翼全体主義者に分裂した。後者は声が大きい。選挙結果を尊重せず、国会議員の半分は不正選挙によって選ばれた偽物だと断定する。自分の意見に賛成しない者にはすぐ外国などのスパイというレッテルを貼って自由な討論を否定する。
 中国共産党の韓国への浸透工作を告発する国民運動を展開してきた韓民鎬元文化体育観光省局長は「不正選挙陰謀論者が運動に入ってきて、自分たちの意見に同調しない者は中国のスパイだと言いふらして困惑している。文在寅前政権の偏った反日政策に公然と反対して局長を罷免された時より今の方がもっと辛い」と述懐した。
 朝鮮半島の現代史の勝者である韓国は、自由統一を実現して独裁政権下で苦しむ北朝鮮住民を解放する歴史的使命がある。そのことを理解している保守自由主義者たちが、陰謀論にとらわれた右翼全体主義者との困難な闘いをしているが、北朝鮮独裁政権を支持する左翼全体主義者らが再度韓国を支配する可能性が高まっている。(了)