公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

細川昌彦

【第1275回】日米関税合意の疑念を払しょくせよ

細川昌彦 / 2025.07.28 (月)


国基研企画委員・明星大学教授 細川昌彦

 

 難航していた日米の関税交渉が急転直下、合意に達した。トランプ米大統領は「史上最大の歴史的合意」と国内向けに成果をアピールしている。

 ●内容的には合格点
 内容的には、日本にとっても大きな成果と言っていいだろう。
 8月1日から課されるとされていた25%の相互関税は15%にとどめた。これは対米貿易黒字国の中で最も低い水準だ。
 日本が最も重視していた自動車関税も4月から27.5%課されていたが、15%に引き下げられることになった。当初は「交渉の対象外」とされていた中で、粘り強い交渉で合意に至った。日本の自動車業界にとっては、関税負担をめぐる不透明感が解消されるとともに、十分競争できる環境が整った。さらに、管理貿易につながりかねない数量制限付きの低関税枠という案も回避できたことは評価できる。

 ●5500億ドルめぐる米の一方的発表
 合意の決め手になったのが5500億ドル(約80兆円)の対米投資枠だ。経済安全保障上重要な9分野について、日本の政府系金融機関が最大5500憶ドル規模の出資、融資、融資保証を提供できるとする。問題は米国政府の発表内容だ。
 「日本は米国の指示で投資する」としている。しかし、あくまで日本企業による投資判断が前提で、「米国の指示」などあり得ない。
 また「投資利益の90%を米国が保持する」とする。これにも大きな疑念がわく。交渉を担当した赤沢亮正経済再生相は、5500億ドルのうち国際協力銀行が出資する1~2%のケースで日米の利益配分を1対9に譲歩したとしても、それによる日本側の損失はせいぜい数百億円で、関税引き下げによる損失回避10兆円に比べてはるかに少ないとしている。しかし、これは米側の説明と大きく異なるだけでなく、財政投融資資金を原資とする国際協力銀行の運営としても問題だ。国会での追及も必至だ。
 いずれにしてもこうした深刻な疑念が生じる内容を米国政府が一方的に発表したことは大問題だ。トランプ氏のSNSでのつぶやきや閣僚によるメディアへの発言といった国内向けのアピールとはわけが違う。

 ●交渉の詰めの甘さに猛省を
 こうした外交交渉では当然、合意直後に共同文書を作る。現場にいた交渉担当者がそうした責任を果たせていないことは厳しく問われるべきだろう。
 まず日本政府は米国政府と同様に文書で合意内容を発表すべきだ。そうでないと、米国政府の文書を黙認したことになりかねない。現時点では簡単な概要を公表しているにすぎず、これでは米国の発表による疑念を払しょくできない。
 石破茂首相はトランプ大統領と首脳会談をして合意文書を作る意向も示しているが、トランプ氏の性格を考えるとむしろ気が変わるリスクの方が大きいので、やるべきでない。トランプ政権はいったん合意した英国、ベトナムともその後、合意内容についてもめている。そうしたトランプ政権だからこそ、交渉担当者はもっと脇を締めた対応をすべきではなかったか。合意内容は評価できるだけに、詰めが甘ければその成果も台無しになりかねない。(了)