3月後半にワシントンを訪れた。最も印象的だったのはホワイトハウス高官の次の言葉である。
「韓国は歴史を正しく直視せねばならない。日本軍が朝鮮人女性を強制連行して性奴隷にしたと言い募り、中朝を睨んだ日米韓協力体制にひびを入れる愚行をやめるべきだ。……安倍晋三首相は、事実を曖昧にし、韓国で慰安婦のフィクションを正そうとしている人々を難しい立場に追い込んではならない」
●安倍政権への評価と注文
米政府高官の口から、というのはエープリルフールの「嘘」である。前半は朴槿恵韓国大統領の3月1日の独立運動記念式典での演説を下敷きにした、私にとっての常識論。後半は安秉直ソウル大名誉教授の言葉を再構成したものである。安氏の実際の発言は「安倍首相は、厄介だから謝っておこうという態度を取ってはならない。それは韓国の議論をミスリードする」だった(第一次安倍政権時の2007年3月、ソウルにて)。
現実のワシントンでは、慰安婦問題について、韓国でなく日本に自制を求める声が優勢である。この状況の逆転こそが、外交当局の好む表現を用いれば、日本が「一体となって粘り強く」取り組むべき課題と改めて感じた。
今回、安倍首相に関し、何人もの米政界関係者が指摘したのは、TPP(環太平洋協力体制)交渉への参加表明が米側に与えたインパクトである。TPPは米政界で注目度が高い。歓迎の声ばかりではなく警戒の声もあるが、いずれにせよ「安倍は決断できるリーダー」とのイメージが浸透したようだ。その分、日本の存在感も増した。存在感は発言力につながる。
しかし一方、安全保障問題の専門家からは、集団的自衛権の憲法解釈見直しで安倍首相はいつ決断するのかとの質問も出た。これは少なくとも不満の萌芽と言える。「強いリーダー」のイメージも、次の大きな決断に手間取るなら、数か月程度で蒸発しかねない。
●「開城」継続で隊列乱す韓国
北朝鮮問題で最も話題になったのは、「南北交易で稼いだ外貨が中朝交易の増大を支える役割を果たしている」(韓国統一省)と韓国政府も認める開城工業団地である。北朝鮮の開城にあるこの南北共同事業は、韓国の進出企業(実質的にはその赤字を補填する韓国政府)から北朝鮮従業員への給与などの形で、北の国家予算の約4割に当たる年間18億ドル超を供給する規模にまで膨らみ、北の核ミサイル開発を支える最大の資金源となっている。開城工団を安保理制裁決議違反と見なさなければ、第三国の交易も大半が規制できず、この大きな抜け穴(loophole)が、他国による抜け穴を次々呼び込むブラックホール(black hole)となりかねない。
しかし韓国では、気鋭のジャーナリスト金成昱氏など少数の例外はあるものの、「保守派も含めて開城の事業は続けたいと言い、ここでの製品の対米輸出まで求めてくる」(元米政府高官)状況にある。日米はこれを黙認してはならない。「開城」を断つことは「中朝」を失速させることにもつながる。隊列を乱す韓国政府への圧力を強めねばならない。(了)