敗戦後に、日本を封じるためにつくられた日本国憲法は、手つかずのまま66年を生きた。当時の占領軍の指示でつくられた憲法は、天皇の地位を〝人質〟に、第9条で国防まで放棄するよう迫られた。日本無力化の壮大な仕掛けが占領憲法の眼目なのに、日本人はそれを「平和憲法」と読み替えて神棚に祀(まつ)った。気がつけば、改正のない憲法としては日本のそれが世界最古になっていた。
●「平和憲法」の欺瞞
現在の安倍内閣が誕生するまで、政治はこの難題に手を染めなかった。「護憲の正義」が改憲論者を右翼ナショナリストというレッテルで金縛りにするからだ。だが、それが偽りであることに国民は気づき始めた。日本は周囲を中国、ロシア、北朝鮮という核保有国・開発国に囲まれ、中華帝国化した軍事大国は原潜や空母で威嚇する。
そんな折に、産経新聞内で独自に「国民の憲法をつくろう」との声が上がり始めた。日本人はこれまで、自らの手で「国のかたち」を描けなかったのではないかとの問題意識だ。国基研の田久保忠衛副理事長を委員長に、計5人の識者から成る起草委員会に産経側も議論に加わった。およそ1年、計27回にわたる議論を重ねた。1回の審議時間は3時間に及ぶ。
●改正へ正念場はこれから
護憲派は憲法を「国家権力を縛る法である」と一面的にしかとらえない。委員の一人、西修駒沢大学名誉教授(国基研理事)はこの説を、「絶対王制からの解放を目指した初期立憲主義の古い憲法観」と一蹴している。現代憲法は権力を制約はするが、国民がいかに参画するかを定める基本法でもある。そこで「国民の憲法」前文は、天皇を国のもといとする立憲国家であると位置付け、独立自存の道義国家を目指すと明記した。現行憲法の前文にいう、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とする一節は、自らの生存を他国に委ねる悪文と退けた。
産経新聞の憲法要綱では、第15条で他の改憲諸案の国防条項にはない「法の支配」(国際法規に従う紛争の平和的解決)を打ち出している。その上で、自衛権の存在が自明であることから、悪辣な侵略者を排除するための交戦権を認めている。要綱は第16条で「国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する」と明記した。この要綱をもって、日本は主権、独立、名誉を取り戻す羅針盤になると自負している。憲法改正の正念場はこれからである。(了)