公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

島田洋一

【第278回】歴史カードによる日米分断に警戒せよ

島田洋一 / 2014.12.22 (月)


国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一

 

 12月9日、米上院情報特別委員会が、ブッシュ前政権下で中央情報局(CIA)がテロ容疑者に行った「強化尋問」は拷問に他ならず、しかも効果的な情報は得られなかったとする報告書を発表した(共和党議員が反対する中、民主党単独で出された)。これに対し、かねて批判の矢面に立ってきたチェイニー前副大統領は「われわれは9.11テロの犯人を捕まえ、更なる攻撃を防ぐため、まさになすべきことをなしたのみ」と一歩も引かない構えを見せている。
 民主党側でも、例えばオバマ政権でCIA長官、国防長官を歴任したレオン・パネッタ氏は、水責め等の手法に異を唱えつつ、いわゆる時限爆弾シナリオ(惨事が迫る中、容疑者が重要情報を持っている場合)であれば例外で、あらゆる手段を排除してはならず、実際に強化尋問は有益な情報をもたらしたと回顧録に記している。ワシントンの政争ではなく、チェイニー、パネッタ両氏に見られる共通認識(時限爆弾シナリオの範囲、強化尋問のあり方をめぐる相違はあっても)にこそ注目すべきだろう。

 ●突如現れた「レイプ・オブ・ナンキン」
 2001年9月11日の米同時多発テロでは、日本人24人も犠牲になった。北朝鮮では、いまだ多くの拉致被害者が救出を待っている。一刻を争う状況下、敵方工作員からいかに情報を引き出すかは、日本の政治家にとっても重要課題でなければならない。
 ところで、米NBCテレビの政治討論番組「ミート・ザ・プレス」(12月14日放送)に登場したチェイニー氏は、司会者の「水責めが拷問でないなら、なぜわれわれは第2次大戦中の日本兵を訴追したのか」という質問に、「日本がレイプ・オブ・ナンキン等で何をしたかに照らせば、比較すること自体、論外だ」と答えている。これは、悪しき意味で示唆に富むやりとりだ。
 その前日、中国が新たに設けた「国家哀悼日」の記念式典において、習近平国家主席は「日本軍は南京で30万人を凄惨(せいさん)に殺戮した」と演説している。甚だしい歴史の歪曲であり、中国共産党が驚くような規模・内容の無差別殺戮などなかった。

 ●追及すべきは中国の現在進行形の悪
 戦後70年を迎える来年、中国共産党政権は、歴史カードを用いた日米分断に力を入れてこよう。米保守派を代表するチェイニー氏の口から、大虐殺(massacre)よりさらに宣伝色の強いRape of Nankingという言葉が飛び出したことに、中国指導部はほくそ笑んだはずだ。「CIAの行為は旧日本軍と同じ」と第三者に挑発させ、「論外だ。南京大虐殺を見よ」という形の反発を米側から引き出せれば、安倍晋三政権に対する牽制になる。こうした、いわばひねりを加えた歴史カードもさまざま動員されてこよう。
 いま、基本的理念を共有する日米が何より追及すべきは、現在進行形で人権蹂躙を続け、傍若無人な覇権行動を取る中国共産党政権である。左翼勢力はいざ知らず、少なくとも日米の保守派にあっては、批判する対象と時代を間違えることがあってはならない。(了)