公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

湯浅博

【第295回】中国が恐れるアジアの結束

湯浅博 / 2015.04.20 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 湯浅博

 

 東南アジアの南シナ海沿岸国が、自国の排他的経済水域(EEZ)で違法操業をする中国漁民を逮捕、起訴しても、中国はこれまでになく抑制的になった。2010年に東シナ海の尖閣諸島周辺で起きた中国漁船体当たり事件で、日本に抗議や報復をしたのとは明らかに違う。露骨な威嚇を抑え、口調も穏やかだ。

 ●カネによる支配
 しかし、これをもって中国が対外強硬策を棚上げしたと考えるのは早い。むしろ、獲物を狙う猛獣が草食動物に囲まれ、戦術を改めたと見るべきだろう。中国は昨年、日米から「力による現状変更」の批判を受け、東南アジアが結束を見せたことから軌道修正を迫られていた。日米を軸にアジア沿岸国から中国包囲網を構築されることは、かの国の悪夢であった。
 中国はスプラトリー諸島の岩礁をひそかに埋め立て、人工島に造り替えていく。ヒューズ礁にはヘリポート、ファイアリークロス礁では滑走路を造成しつつある。国際社会が騒ぐ前に既成事実化を狙う。「でっかい棍棒を持っていれば、穏やかな口調でも言い分は通る」(T・ルーズベルト米大統領)とでも考えているのだろう。
 東南アジア諸国には、道路、港湾建設の資金を融資するアジア・インフラ投資銀行(AIIB)への加盟を誘う。「力による支配」から「カネによる支配」への転換である。英仏独伊の欧州勢までAIIBに吸い寄せたのは、瓢箪(ひょうたん)から駒であろう。英誌エコノミストが「友好をカネで買う」と指摘したのは言い得て妙であった。

 ●米は海洋戦力強化へ
 欧州勢のAIIB参加により、先進7カ国(G7)の足並みの乱れが指摘された。だが、G7が4月、東シナ海と南シナ海の「威嚇や力による権利主張に強く反対する」との外相宣言を採択したのは日米の勝利である。たとえG7の一部がAIIBに参加しても、本来の結束力は衰えていないことを立証した。
 共和党主導の米議会でもこの3月、有力議員が国務、国防両長官宛てに南シナ海と東シナ海における中国の領土拡張に包括戦略を打ち出すよう書簡を送った。同時期に米国の海軍、海兵隊、沿岸警備隊が7年ぶりに2015年版戦略報告書「海洋戦力のための連携戦略」を公表している。中国を名指しで批判し、米艦船に対する接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略に対抗する海洋戦力の強化方針を確認した。
 しかも、「インド・アジア太平洋」という地域概念を打ち出し、日米豪比韓タイのほかニュージーランドやインドを加えた同盟・友好国のネットワーク構築を唱えた。報告書は中国による「力の行使」が、アジア太平洋の平和と安全への脅威であるばかりでなく、戦後国際秩序への挑戦であることを示した。たとえ中国という猛獣が忍び足で獲物に近づこうとも、こちら側が結束して対処する意向を示すことは、大きな対中抑止となろう。(了)