公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

櫻井よしこ

【第346回】今こそ観念的安全論を排せ

櫻井よしこ / 2016.01.04 (月)


国基研理事長 櫻井よしこ

 

 平成28年の今年、日本は何よりも現実を見つめ、自らを守れる力強い国にならなければならない。エネルギー、安全保障、経済、価値観など国の基本を構成する全ての事柄について、現状認識が不十分なのか、わが国の力をもってすれば本来解決できているはずの問題も解決できず、問題を抱え込んでしまっている。

 ●その最たる例が原子力行政だ
 現実離れの観念的安全論によって窮地に陥っている最たる例が原子力行政である。九州電力の鹿児島川内原発は再稼働に漕ぎつけるのに原子力規制委員会に40万ページの書類を提出させられた。九電の擁する専門家の半分強、500人以上が数か月間かかりきりで準備した書類は積み上げれば約60メートル、20階建ての建物に相当する。
 不合理極まる書類作りは今に始まったものではなく、わが国の原子力行政において何十年も続く悪弊である。しかし、いくら事業者に書類を作成させても事故は防ぎきれなかったのが3.11だ。であれば安全規制の在り方を根本から改めるべきであろうに、3.11を受けて発足した規制委は旧来の悪弊をさらに強化して今日に至る。斯くして40万ページの書類が作られ、さらに規制委は「原子力」と名のつく施設全てに、一律に、非合理な規制基準を適用した。
 結果として京都大学原子炉実験所は中性子を用いた最先端の癌治療法BNCTを中止させられた。近畿大学原子力研究所は学部学生の教育ができなくなり、韓国の慶熙大学の研究所を借りて学ばせて貰っている。
 近大原子力研究所の出力はわずか1ワットで、豆電球と同じである。にも拘わらず規制委は数十万キロワットの商業用発電原子炉と同様の耐震、竜巻、テロ、活断層などに関する厳しい基準への対応を要求する。「原子力」という言葉に呪縛され、1ワット出力の原子力施設の安全に必要なことと不必要なことの現実判断もできない規制委を監視する専門家組織を、一日も早く作らなければならない。
 
 ●厳しい現実に観念的思考法など通用しない
 彼らの観念的思考法は、昨年9月の安保法制を戦争法案だと非難した反対論と通底する。だが、国際社会の現実を見れば、この反対論は無意味である。南シナ海の軍事要塞化を続行する中国は南沙諸島に築いた3000メートルの滑走路に1月2日、航空機を飛ばした。昨年暮れには習近平主席自ら陸海空軍の統合運用を目指し、建国以来最大の軍改革を誇示する式典に臨んだ。米国主導の世界への挑戦である。
 もはや野望をかくさない中国の脅威を、最も激しく、幅広く、長期にわたって受けるのはわが国である。地政学上も歴史学上も明らかなこの厳しい現実を見詰めて、一日も早く憲法を改正すべきである。
 国基研は今年も厳しく現実を見詰めて発信していきたい。(了)