国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力
最下層に別途ばらまき
北朝鮮が貨幣改革を行った。外部メディアとして新札を最初に入手した「自由北朝鮮放送」(韓国の脱北者が運営)によると、12月1日から6日まで、勤労者1人当たり10万ウォンを限度に新札に交換するとともに、別途、勤労者全員に、旧札5万ウォンに相当する新札500ウォンを配ったという。
10万ウォン以上をタンス貯金していた中産層から蓄えを収奪し、社会全般に広がるカネ万能主義を取り締まり、最下層庶民に現金を配ることにより金正日政権への支持を強めようとする狙いだ。金正日が健康不安の中で、2012年に息子の後継指名を公式化するため、社会主義経済システムの再建を目指して賭けに出た。ただ、市場を強権によってつぶそうとしているのでなく、最下層庶民の嫉妬心を煽り、小金持ちになった市場商人らに不満の矛先を向けようという金正日なりのずる賢い計算がある。
自国通貨を使わない金正日に影響なし
最高位層は自国通貨を信じておらず、中国人民元、米ドル、日本円などを貯めているので、ほとんど被害を受けない。そもそも、金正日自身が自国通貨を使わない。秘密パーティーなどで部下に配るチップは常に100ドル札である。
1990年代後半、全国的に配給が停止し300万人以上が餓死した後、市場を通じた貨幣経済が急速に広まった。商人の中にはかなりのカネを貯める者も出てきたが、その貯金が狙い撃ちされた。娘の結婚準備のためになけなしのカネをタンス貯金していた女性商人が失望のあまり発狂したとか、交換期間中である5~6日、北部の咸興で市場商人らが暴動を起こしたという情報が伝わっている。
北朝鮮の勤労者の月給は2000ウォン程度だったから、10万ウォンは約4年分の収入だ。その日暮らしの最下層は、交換限度以上の貯金を持たないので、むしろ新札500ウォンをもらったことにより、金正日への感謝を口にする者もいるようだ。ただし、市場から品物が消え、新札への信頼度が落ちている。ハイパーインフレ発生が予想されるから、先行きは不透明だ。
配給復活の原資獲得のため日米韓へ擦り寄りも
最下層庶民にも金正日への不満が高まるかどうかは、配給復活の有無にかかっている。北朝鮮当局が数カ月前から東南アジアで食料を買い付けているという情報があり、注目される。また、配給復活の原資を得るため、金正日政権が水面下で南北首脳会談やオバマ米大統領訪朝を狙っているとの情報がある。日本の民主党政権へも水面下でさまざまな働きかけを行っているに違いない。食糧事情が最悪となる来年春までの動きから目を離せない。(了)
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第18回:北朝鮮貨幣改革、市場商人の貯金収奪が狙い(西岡力)