公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

【第554回・特別版】メルケル首相の黄昏

佐瀬昌盛 / 2018.11.05 (月)


防衛大学校名誉教授 佐瀬昌盛

 

 ドイツでは昨年9月の連邦議会選挙で、それまで大連立を組んできたキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が、合算しても53.4%の得票率にとどまったので、政治が大混乱に陥ってしまった。今年10月、バイエルンとヘッセンの州議会選挙でも、与党は連敗した。それを受けて、2005年以来政権を担ってきたメルケル首相は、CDU党首の座を今年12月の改選時に明け渡すと表明した。首相職は2021年の任期切れまで続けるが、再任を求めないという。

 ●後継有力候補は親EU
 メルケル首相は、初代CDU党首のアデナウアー元首相、6代目のコール元首相の伝統を引き継ぎ、欧州統合の熱心な推進役として知られた。今後はフランスのマクロン大統領がその役割を担うことになろう。同大統領はメルケル首相のことを、「欧州の価値が何であるかを忘れたことのない」政治家であったとたたえている。
 英国のメイ首相は自国の欧州連合(EU)離脱後もEUと良好な関係を維持しようと悪戦苦闘を続けているが、メルケル首相はEUとの関係断絶を主張する英国内の強硬派を嫌い、メイ路線を支持してきた。
 CDU党首の後継候補中で最有力視されるフリードリヒ・メルツ氏も、欧州委員会(EUの行政執行機関)のエッティンガー委員(ドイツ)からメルケル流の親EU 派と評価されている。メルツ氏はかつて連邦議会議員であったが、現在は議席を持たない。首相になるには議員に復帰することが必要だが、仮にメルツ氏がメルケル首相の後継者になれば、ことEUに関する限り、ドイツの姿勢に変化はないと見られる。

 ●不安材料は右翼ポピュリズム政党
 ただ、ドイツの首相が誰であろうと、不安要素が一つある。それは、昨年の連邦議会選挙で一挙に第3党となり、バイエルンとヘッセンの州議会にも初進出した右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が、激しい難民排除論とEUに対する非融和的な主張を弄んでいることである。
 2016年にはドイツに74万人強の難民認定申請があった。それがAfDに難民攻撃のための絶好の口実を与えている。ちなみに、同年のEU領域全体の難民申請数は126万人であったから、ドイツはその半分以上を引き受けていることになる。
 AfDは今年7月の党大会で「メルケルは失せろ!」との決議を採択した。その際、ガウラント党首はメルケル首相にありったけの罵詈ばり雑言を浴びせている。そのせいかどうか、ドイツの国際放送「ドイチェ・ヴェレ」が10月11日に発表した世論調査では、CDU・CSUは支持率26%となり、4分の1政党に落ちぶれた。SPDは15%で、6分の1政党ですらない。左派の環境政党「緑の党」が17%、AfDは16%である。
 政党に対する支持がこれほどに細分化されたのは、西独時代を含め戦後のドイツでは初めてである。同調査によると、この「政治の惨状」の責任者のトップはメルケル首相で56%、2位がゼーホーファーCSU党首の31%だった。13年間も首相の座にあったメルケル氏に対して、有権者は冷たい。「女王の黄昏たそがれ」である。(了)