安倍政権は、欧州連合(EU)と共同で11年間続けてきた、国連人権理事会への北朝鮮非難決議案の提出に今年は加わらない方針を表明した。
拉致問題解決に向けた交渉の環境づくりという意図があるのだろう。理念に疑念を生じさせても敢えてこの行動を取ったことによって、日朝首脳会談の可能性は高まるかも知れない。しかし、それは北朝鮮の金正恩労働党委員長が安倍晋三首相に感謝するからではなく、「安倍は揺らいだ。与しやすい」と見てのことになろう。従って北は要求水準を上げてこよう。恐らく半歩進むごとに制裁緩和や「人道支援」を求めてくるはずだ。
●経済協力は拉致・核問題解決が前提
これに応じてしまえば、結局何も得られず、ただ北の抑圧体制の延命に手を貸すことになる。この点、安倍政権が日本の独自制裁の2年間延長を決めたことは評価できる。交渉の呼び水としてまず制裁緩和を、といった発想は失敗の確実な処方箋である。
決裂に終わった米朝ハノイ首脳会談では、トランプ大統領が席を立った後、北の崔善姫外務次官が慌てて米側代表団の元を訪れ、譲歩案を提示したという。日本の首相も、いつでも席を蹴る構えが必要だ。
ここで日本の基本的立場を改めて確認しておこう。仮に北の核問題が解決しても、拉致問題の解決がない限り、日本は制裁の解除もしなければ政府開発援助(ODA)の提供もしない。一方、拉致問題が解決しても核問題の解決がなければ、日本は安保理制裁決議を遵守し、ODAも提供しない。
この点、日本国内に誤解があってはならないだろう。経済協力という日本のカードは、核問題の解決がない限り切ることはできない。北が拉致問題と核問題の両方の解決を決断することが前提となる。
●期待できない交渉による局面打開
米朝協議の経緯を見ておこう。米国は、トランプ大統領による歯の浮くような金委員長賛美にも拘わらず、制裁を一切緩和していない。それでいて、米国人の人質3人を解放させた。首脳会談も、最初に開催を求めてきたのは北の方である。金委員長を殺害する「斬首作戦」を含む軍事圧力と制裁の効果と言えよう。
ただし、デービッド・スネドン氏(2004年中国で失踪。米上下両院が、北による拉致の疑惑濃厚として真相究明を求める決議を採択)の件は進展が見られず、北で虐待されその後死亡したオットー・ウォームビア氏の件も、北から公式謝罪も補償も得られていない。もちろん核問題も動いていない。
日本と違い、軍事オプションを持つ米国でも、交渉による成果は限られている。いわんや、「専守防衛」の殻に閉じこもる日本が、制裁を維持しつつ、首相の個人技で局面を大転換できると期待すべきでない。
賢明で勇気ある決断をする度量が金委員長にないならば、結局、拉致被害者全員の解放は、北の現体制崩壊と同時になるだろう。日米が中心となって、軍事圧力と制裁の実効性を高め、「その時」をいかに早めるか。バラ色の未来を北に提示しつつ、戦略の基本はあくまで「最大圧力」でなければならない。(了)