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西岡力

【第582回・特別版】北幹部5人逃亡で金体制の動揺拡大

西岡力 / 2019.03.25 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 ハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わったことで、北朝鮮内部の動揺が激しくなってきた。会談が成功して経済制裁が緩み、対中貿易が再開し、韓国の経済支援が入り、日本から賠償金がくるとする事前学習をさせられていた人民と幹部に失望と不満が広がっている。独裁者の金正恩委員長は宣伝扇動部の末端活動家らを集めて「自給自足、自力更生で耐えよ」とする書簡を与えただけで、外務次官が予告した米朝交渉中断の声明を出すことさえできずにいる。

 ●反体制抹殺できず保衛省揺れる
 そんな中、政治警察である国家安全保衛省の幹部5人が逃げ出したという知らせが私のところに届いた。3月19日朝、同省の部長3人と課長2人が平壌を出発し北京へ向かった。北朝鮮の国境都市、新義州で昼食を取り、中国の丹東に出たところまでは確認されているが、迎えに出ていた中国駐在の同省要員の前に現れず、姿を消した。
 5人が共謀して逃亡したと判断した北朝鮮当局はすぐ、中国の国家安全局(政治警察)に捜索を依頼し、安全局と公安部(一般警察)が中国全土で動いている。北朝鮮からは軍の工作部隊である偵察総局要員が20人急派され、在中保衛省要員らと5人を探し回っている。ホテルや朝鮮食堂だけでなく、民家にも踏み込む騒動となった。
 飛び回っている噂では、3月1日に「自由朝鮮」を名乗る臨時政府樹立を宣言した反体制グループ「千里馬民防衛隊」と彼らがかくまっている金ハンソル氏(暗殺された金委員長の異母兄、正男氏の息子)の抹殺を命じられていた保衛省幹部らが、それができないことの責任を取らされることを察知して逃げたという。私がある筋から確認したところ、自由朝鮮要員がスペインにある北朝鮮大使館を襲撃したという米紙の報道は事実だという。これらの情報をつなげると、反体制勢力の活動を抑えられない結果、保衛省が大きく動揺しているという絵が描ける。現段階では未確認情報も多く、断定はできないが、体制危機が始まっているのかもしれない。

 ●ミサイル実験控え発射台移動か
 また、17日から22日にかけて、中距離弾道ミサイルの移動式発射台が中朝国境近くの平安北道に移動したという。衛星による監視を避けて深夜、龍川、義州、朔州、亀城の4カ所に4基ずつ移動した。4月に衛星打ち上げを名目にしたミサイル実験を行う計画があり、その場合、米軍が移動発射台を爆撃する恐れがあるので移動したという。これは北朝鮮内部の信頼できる筋の情報だが、確認は取れていない。金正恩が国内の動揺を抑え、米国を牽制するため、衛星発射という賭けに出ざるを得ないほど追い込まれているのかもしれない。
 北朝鮮への圧力は効いている。だからこそ、全ての核とミサイル、生物化学兵器の廃棄と全拉致被害者の即時一括帰国という要求水準を下げてはならないと強調したい。

【訂正】逃亡したのが「局長3人と課長2人」ではなく「部長3人と課長2人」と判明したので、本文を一部さしかえます。職制上、部長は局長の下で、課長の上。階級では、局長は少将か大佐、部長は大佐か上佐(大佐と中佐の中間)、課長は中佐か少佐となっています。(了)