公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

山田吉彦

【第594回】北方領土返還運動の苦難

山田吉彦 / 2019.05.27 (月)


国基研理事・東海大学教授 山田吉彦

 

 丸山穂高衆院議員(日本維新の会から除名)の発言が物議を醸している。報道によると、丸山議員は「ビザなし交流」による北方領土訪問時に、領土を取り戻す手段として戦争に言及したことが問題視され、また、国会議員としての品位を疑われる言動をしたといわれている。

 ●ビザなし交流で必要な行動制限
 ビザなし交流は、北方領土返還運動の機運を醸成するため、日本人と北方四島在住ロシア人が主権問題に触れずに日露の管理地を互いに訪問する事業で、日露それぞれ年間600人しか参加できない。日本側で参加を許されるのは、元島民と親族、返還運動関係者、報道関係者、国会議員等である。
 ビザなし交流では国家主権に触れないことが求められる。仮に逸脱した行為でロシアの警察に拘束されたり、事件や事故などによりロシアの公的機関を利用したりすると、ロシアの主権下に置かれることになり、ビザなし交流の本来の意味がなくなる。北方四島において日本の主権を主張するためには、北方四島での行動は制約が必要になるのだ。そのため、外出の制限などが必要であり、トラブルの原因となりやすい過度の飲酒には注意すべきである。
 これらの制約を理解しないビザなし交流参加者が若手の国会議員にいる。与党では先輩議員の指導もあり、北方領土について知識を得た上でビザなし交流事業に参加する議員が多い。しかし、野党議員の中には勉強不足のまま参加する者もいる。すると、ロシア側がお膳立てしたプログラムだけを見て、ロシアにとって都合のよい交流だとの印象を持ってしまう。丸山議員の例がこれに当たるだろう。表面上ロシア化された社会を見せられ、ロシア政府の意図を汲んだ一部島民の意見を聞き、外交交渉による返還が不可能だと判断して、戦争に言及したのだろう。

 ●融和に逆行する「戦争」発言
 ビザなし交流参加者の中には、ロシア社会の発展が遅れている色丹島と歯舞諸島の二つなら1956年の日ソ共同宣言に従い返還が可能だと考える者もいる。しかし、色丹島には1000人規模の国境警備庁要員が常駐し、日本海の入り口につながる北方海域の警備を任務としている。安易に2島返還を急ぐと、国境警備庁の基地の残留を受け入れることになりかねない。
 北方領土問題は極めて慎重な行動を必要とする時期である。北朝鮮情勢に絡み、ロシアは安全保障の観点から、ロシア潜水艦の航路である北方領土周辺海域の管理に極めて神経質に
なっているのだ。
 北方領土返還はまだまだ苦難が待っている。そのため、まずは共同経済活動を通じて北方四島において日露の社会を融和する動きが始まったのだ。丸山議員の発言は北方領土に暮らすロシア人を刺激し、民間ベースの協力関係構築の妨げになりかねない。北方領土返還運動関係者は、一人の議員の発言が日本人の総意と受け取られることを危惧している。北方領土返還へ向けビザなし交流に参加する者は、北方領土問題を冷静に判断できる知見を持つとともに、国家の主権について理解しておかなければならないのだ。(了)