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湯浅博

【第597回・特別版】「対日甘言に乗らず」が天安門の教訓

湯浅博 / 2019.06.03 (月)


国基研企画委員兼主任研究員 湯浅博

 

 世界を震撼させた天安門の虐殺事件は、中国共産党100年史の中で今も隠された歴史の暗部である。1989年6月、共産党の人民解放軍は学生と市民に銃を発砲し、戦車で民主化運動を蹂躪じゅうりんした。天安門事件から30年を経て、その全体主義的な支配構造は少しも変わっていない。やがて経済力と軍事力で米国をしのぐとの予測があり、果たして世界は中国を頂点とする「華夷秩序」の拡散に耐えられるのか。

 ●天皇訪中で中国に救いの手
 天安門の殺戮さつりくは1989年6月4日、民主化要求と腐敗した共産党を批判する人々の行動を当局が「動乱」と決めつけて始まった。深夜の殺戮による学生の死者を戒厳司令部は23人と言い、ちまたには数千人という情報が飛び交った。しかし、全体主義国家が恐ろしいのは、当局が突然、「天安門広場での死者はゼロ」とシラを切ったことだ。
 事件の5カ月後にベルリンの壁が崩壊して、東西冷戦が終わりを告げた。天安門事件に対しては、西側諸国がこぞって制裁を科したが、日本は1992年の天皇訪中によって中国に救いの手を差し伸べてしまった。これが、今日の劇的な中国台頭への道を開いたというべきか。
 中国の銭其琛元副首相は2003年に出版した回想録『外交十記』の中で、天皇陛下の中国ご訪問に触れ、西側の対中制裁を打破するのに「積極的な効果があった」と平然と述べている。島国の中で総じて安定的な日本は、蛮族が盛衰を繰り返してきた大陸の狡猾こうかつな外交に手もなくひねられてしまう。
 中国共産党は、時折頭をもたげる民主化要求に対して威嚇と暴力で応じ、人々の不満のはけ口を外に振り向けようとする。愛国主義をあおり、国家の敵である日米をスケープゴートに仕立てて緊張を高め、13億8000万人の国民を一体化させることに成功した。国内治安費がマンモス国防費を上回っており、その権力構造と行動は今も変わることがない。

 ●日本外交は愚を繰り返すな
 習近平国家主席が次に描くのは、人々を未来に向けた「中華民族の夢」へと誘うことだ。中華人民共和国の建国100年にあたる2049年までに、「中華民族は世界の諸民族の中にそびえ立つ」などと19世紀帝国主義の古いスローガンを持ち出した。人々を豊かにするだけでは、やがて共産党の国内統治が難しくなるとの保身から出た知恵である。
 しかし、天安門事件から30年を迎えた今、時代は調整期に入ったのではないか。あの天安門事件の5カ月前に、日本では昭和天皇が崩御して「平成」に改元しており、30年後の今回もまた「令和」に改元された。習政権は今、知的財産権を侵害する不公正貿易、技術の強制移転、国家補助金などの悪癖がたたって、米国から貿易戦争を仕掛けられた。
 米中関係が悪化した時の常として、中国は甘言をもって日本に近づく。だが、それが一時的な戦術的後退である以上、対日政策は彼らの都合でいつでも変わり得る。日本政府は間違っても、あの天皇訪中のように中国に政治利用される愚を犯しはならない。(了)