初の米朝首脳会談がシンガポールで行われてから12日で1年となる。会談結果には多くの批判が向けられた。だが、私は米国が安易な譲歩をしなかったことを肯定的に評価した。私の評価が大枠で正しかったことは今や明らかになったと考える。
●安易な譲歩を排した首脳会談
当時、多くの論者が、トランプ米大統領は北朝鮮のグロテスクな個人独裁体制の存続を保証したと批判した。それに対して私は「共同宣言に体制保証という文言はなく、安全を保障するとされているだけだ。その見返りとしてトランプ大統領は金正恩委員長から完全な非核化実行の約束を得た。つまり、安全が欲しければ非核化をせよという取引が明記されたということだ」と反論した。
もう一つ、金委員長が約束したのは「北朝鮮の非核化」でなく「朝鮮半島の非核化」だから、トランプ大統領はだまされたという強い批判が出た。北朝鮮はそれまで、半島非核化の範囲には、在韓米軍基地の査察や米軍のB1B爆撃機、空母、原子力潜水艦など戦略兵力の半島周辺への接近禁止まで含まれると主張してきた。
しかし、実務レベルの会談や2回目の首脳会談(今年2月、ハノイ)ではそれらを議題に取り上げることはしなかった。米国は、韓国から米軍の核は撤去されているのだから「朝鮮半島の非核化」と「北朝鮮の非核化」は同じだという立場を崩さなかった。
そのほか、米国は弾道ミサイルのうち自国に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけを廃棄させて北朝鮮と終戦宣言を行い、在韓米軍撤退に進むのではないかという憂慮や、北朝鮮の人権問題を置き去りにしたという批判もあった。しかし、2回目の首脳会談でトランプ大統領は、生物・化学兵器や弾道ミサイル全般の廃棄と、拉致問題解決を含む人権問題への取り組みを求めた、と米政府高官は確認した。
●日米の団結揺るがず
トランプ政権は「時間は我々の味方だ」と語っているが、そこには経済制裁がかなりの効果を上げているという自信がある。北朝鮮は昨年10月以降、終戦宣言に言及しなくなり、経済制裁の緩和を繰り返し求めている。
安倍晋三首相は1年前、初の米朝首脳会談の結果について、拉致問題に関する日本の立場が金委員長に直接伝わったことと、金委員長に文書で非核化を約束させたことは意味があると評価していた。完全な非核化と拉致被害者全員の即時一括帰国が実現しない限り、制裁を緩めず、経済支援もしないという戦略で日米が揺るぎない団結を示している。
金委員長はトランプ大統領が安易な譲歩をするだろうとの間違った判断に基づいてハノイにやってきて、恥をかいた。破綻している経済を再建するには日米が求める条件をのむしかない。
安倍首相は「金委員長が国家にとって何が最善かを柔軟かつ戦略的に判断できる指導者であると期待している」と語っている。金委員長が安倍首相の期待する決断を下すのか、あるいは来年11月の米大統領選挙でトランプ氏が負けることを期待して、引きこもりを続けるのか、それが現在の焦点だ。(了)