国基研企画委員・評論家 潮匡人
12日の日米共同訓練の開始式で、陸上自衛隊第6師団第44普通科連隊長の中沢剛1佐が「同盟というものは、外交や政治的な美辞麗句で維持されるものではなく、ましてや『信頼してくれ』などという言葉だけで維持されるものではない」と述べた。同盟の本質を的確についた至言と言えよう。でないなら、防衛省・自衛隊など無用の長物である。
繰り返された不当な処分
だが、北沢俊美防衛相は連隊長を文書注意処分とした。一部マスコミも「首相発言をやゆし、批判した」「文民統制の観点から問題である」「軍事を外交の上に置く考えがあるとすれば看過できない」「『連隊長発言は氷山の一角』との認識が広がれば、長年にわたって築き上げてきた自衛隊に対する国民の信頼を突き崩すことになろう」(13日付毎日社説)と指弾した。防衛相は翌13日も「クーデターにつながる極めて危険な思想だ」と批判。15日にも火箱芳文陸上幕僚長を呼び、「今後こういうことがないようにしてほしい」と直接注意した。田母神事件を思い出すのは私一人ではあるまい。
毎日新聞は御存じないようだが、「連隊長発言は氷山の一角」である。ナポレオンも「外交とは華麗な衣装をまとった軍事に過ぎない」と喝破した。陸奥宗光も「要するに兵力の後援なき外交はいかなる正理に根拠するも、その終極に至りて失敗を免れざることあり」と書いた。外務省には「日清戦争や条約改正といった難局に、外相として立ち向かった陸奥宗光の業績を讃え」、陸奥の銅像が建立されている。別段「国民の信頼を突き崩す」「危険な思想」ではあるまい。
しかも、連隊長は法令に違反していない。処分こそ懲戒権の乱用である。注意を受けるべきは防衛相自身であろう。現場の本音を知る者として重大な憂慮を表明する。
「新たな時代の安全保障と防衛力」が溶解する
私は処分を、マスコミ報道の前に知った。教えてくれたのは現役幹部である。処分に対する不満や怨嗟は、全国の陸海空自衛隊に渦巻いている。
その最中の16日、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」設置が発表された。座長は京阪電鉄最高経営責任者(CEO)。「委員」も地域研究者が並ぶ。自衛官OBは前統合幕僚長ただ一人。田母神前空幕長解職を疑問視したOBや専門家は排除された。このままでは、中沢連隊長が人身御供となりかねない。
民主党政権は自民党政権の轍を踏んだ。賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ。大臣は「文民統制」に失敗した。政権にとって、手痛い体験となるであろう。(了)
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第26回:第2の田母神事件を見過ごすな(潮匡人)