公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

冨山泰

【第611回】地域支配狙う中国との「共存」は可能か

冨山泰 / 2019.08.05 (月)


国基研企画委員兼研究員 冨山泰

 

 来年の米大統領選挙で民主党がホワイトハウスを奪還すれば新政権の外交・安全保障チームの中核を占めそうな元政府高官2人が、中国との「共存」を呼び掛ける論文を米外交専門誌フォーリン・アフェアーズ(2019年9~10月号)に連名で発表した。トランプ政権と議会の超党派議員が中国への強硬姿勢を堅持する中で、中国との対決を嫌う政治勢力が巻き返しに乗り出した。

 ●元米高官が協調重視の論文
 論文を発表したのは、オバマ前政権のヒラリー・クリントン国務長官の下で東アジア・太平洋担当の国務次官補を務めたカート・キャンベル氏と、バイデン副大統領の国家安全保障担当補佐官だったジェーク・サリバン氏。両氏の論文は、1カ月前に大半が民主党系の元高官や研究者100人が米紙ワシントン・ポストに発表した「中国は敵ではない」というトランプ大統領、議会あての公開書簡と響き合う。
 2人の論文共同執筆者のうち、キャンベル氏はかつて、中国との関与政策によって中国の政治的民主化を促せるという期待感を口にしていたが、昨年、この希望的観測が間違っていたことを認める論文を発表し、中国への厳しい見方に転じたと見られていた。それが今回、「(米中)両国の間に見解の相違は多くても、互いに大国として共に生きる覚悟をする必要がある」という中国に融和的な主張に立ち返った。
 「共存」と言えば聞こえは良いが、中国は今世紀半ばまでに「総合国力と国際影響力がトップの国になる」(習近平国家主席)ことを公式目標とする国家である。「短期的にはインド太平洋地域の覇権を狙い、将来的には米国を押しのけて世界で卓越した地位を得ることを狙っている」と米国の2018年国家防衛戦略は断定している。
 インド太平洋地域で覇権を狙う国と、どう「共存」するのだろうか。「米国はこの地域に常在する大国としてとどまり、大きな軍事的プレゼンスや同盟・パートナー関係のネットワークを維持する」とキャンベル、サリバン両氏は主張する。また、「世界で最も活力のあるこの地域を中国に譲り渡すこと」もしない、と強調する。しかし、それはインド太平洋地域から米国を排除し、完全な地域支配を確立しようとする中国の戦略と両立しない。

 ●欠落した覇権阻止の方策
 米ソ冷戦でソ連が崩壊したように、中国と「戦略的競争」をすれば中国を屈服または崩壊させられると想定することは、関与政策が希望的観測をしてしくじったのと同様な誤りを繰り返すことになる、と両氏は指摘し、「共存」戦略の正当性を主張する。
 しかし、中国を屈服させられないことを前提に米国の戦略を立てるより、中国の地域覇権確立をどう阻止するかを論ずる方が重要ではないか。米中「共存」の前提として中国に地域支配の野望を放棄させる方策が今回の論文には書かれていない。(了)