公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

太田文雄

【第610回】中国国防白書のまやかし

太田文雄 / 2019.07.29 (月)


国基研企画委員兼研究員 太田文雄

 

 24日に4年ぶりの中国国防白書が公表された。2015年末以降の人民解放軍の機構改革後、初めてまとめられた白書である。そのためか「新時代における中国の国防」というタイトルになっており、改革後に新設された五つの戦区内にある集団軍の番号や艦隊名が示されている。その意味では多少透明度が増したと言えるが、西側の同種の白書に比べれば透明度は極端に低い。

 ●言行不一致
 第2章の「新時代における中国の防衛的な国家防衛政策」の中で「覇権、拡張あるいは勢力圏を決して求めない」とあり、「70年前の建国以来、いかなる戦争、紛争をも起こしたことがない」と書かれている。1962年にキューバ危機のどさくさに紛れてインドを侵略したことや、1979年に「懲罰を加える」と称してベトナムに攻め入ったことは、どうやら忘れているようである。
 その数行後に「強い者が弱い者をいじめることに反対する」とあるが、南シナ海でフィリピンやベトナムに中国が行っていることは「弱い者いじめ」ではないのか。それに南シナ海での中国の主権を認めなかった3年前の国際仲裁裁判所裁定については一切書かれていない。
 逆に、中国が「弱い者いじめ」をされそうな米国に対しては、直接対決を極端に嫌っている。「台湾の中国からの分離に関するいかなる試みも全ての対価を惜しまず断固として打ち負かす」とあるが、弱い立場の裏返しとして強がりを言っているだけで、それに伴う軍事力の整備はまだ先の話である。台湾侵攻には、大量の陸軍・海兵隊部隊を運ぶ水陸両用戦艦艇が必要となるが、071型揚陸艦の建造は駆逐艦や潜水艦の建造ペースに比して遅く、8隻で打ち止めになった。4万トンの米海軍のワスプ級強襲揚陸艦に匹敵する075型強襲揚陸艦が何隻も必要となってくるが、未だ就役しておらず、所要数を満たすには少なくとも10年以上かかるであろう。

 ●国防費比較のトリック
 第5章の「合理的で適度な防衛支出」では、国内総生産(GDP)や財政支出に占める国防費の割合を示すグラフを使用して、如何に中国の国防費が他国と比較して穏当なものであるかを示すことに腐心している。しかし、中国が公表する国防費の中には外国からの兵器購入費や研究開発費、それに予備役や民兵といった準軍事的部隊の費用等が含まれていない。諸外国並みの計算をすれば公表値の2〜3倍になると米国防総省や中立国シンクタンクは見ており、専門家の間ではそれが常識化している。
 加えて、天安門事件のあった1989年以降、2015年まで30年近く公式国防費が2桁の伸び率を維持してきたことは全く伏されている。さらに、時代と共に兵員が少なくなってきていると書いているが、機械化と情報化によって実質的な戦闘能力は格段に向上しているのが実態である。
 従って、軍事力で中国に劣る日本としては、このまやかしを真に受けて現状の防衛費程度で大丈夫だと高をくくっていると、とんでもないことになる。だまされてはいけない。(了)