公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

名越健郎

【第617回】プーチン後へ対露戦略再構築を

名越健郎 / 2019.09.09 (月)


国基研企画委員・拓殖大学海外事情研究所教授 名越健郎

 

 9月5日にウラジオストクで行われた安倍晋三首相とプーチン・ロシア大統領の通算27回目の首脳会談は、平和条約交渉で一切進展がなく、暗礁に乗り上げた形だ。ロシア側は「2島」すら引き渡さない方針を固めており、安倍首相の「独り相撲」(朝日新聞と産経新聞の社説)が鮮明になった。安倍外交は対露戦略の総括と見直しが急務だ。

 ●米中露三国構造の変化が直撃
 日露両国は昨年11月のシンガポールでの首脳会談で、歯舞、色丹2島引き渡しをうたった1956年日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速することで合意し、今年から本格交渉に入ったが、ロシア側は一転して高飛車に出た。国是の「4島返還」から「2島」へ譲歩することで妥結は可能とみなした安倍首相の判断は裏目に出た。
 産経新聞(9月3日)は、ロシアが1月の国家安全保障会議で、「交渉を急がず、日本側のペースで進めない」「第2次大戦の結果、4島がロシア領となったことを日本が認める」などの交渉方針を決めたと報じた。事実なら、対日強硬路線を機関決定したことになり、プーチン大統領やラブロフ外相の一連の強硬発言もこれによって説明がつく。
 その背景として、大統領の支持率低下や民族愛国主義など国内要因が指摘されるが、むしろこの1年の米中露3国関係の構図の変化がロシア外交に与えた衝撃が大きい。
 米露関係は、米国が対露制裁を強化し、国防予算を拡大して新型兵器開発を進めるに及んで、ロシアにとってはオバマ時代よりも悪化した。ロシアは中国一辺倒外交に傾斜し、米中貿易戦争の長期化で、中国もロシアの利用価値を重視している。
 こうして「米国対中露」の対立構図が深まり、ロシアは日米同盟を問題視するようになった。ロシアにとって日本の重要性は以前より低下し、北方領土問題は米中露3国関係の新展開の中に埋没したということだろう。

 ●経産省主導外交の失敗
 今後、プーチン政権と交渉を続けても、領土問題は低調な議論が続くだけだ。「私とウラジーミルの手で必ず領土問題に終止符を打つ」という首相得意のフレーズは色あせ、これを信じる国民はもはやいない。むしろプーチン政権の存在自体が領土交渉の足かせになっているとの認識を持つ必要がある。
 交渉が事実上破綻した今、安倍首相はこれまで秘匿してきた大統領との交渉内容を部分的にでも国民に開示し、領土政策を「4島」から「2島」に転換した真意を説明すべきだろう。対露支援8項目協力など経済協力を優先し、国家主権意識や安全保障観の希薄な経済産業省主導外交が通用しなかったことも、この際総括する必要がある。
 大都市の若者が毎週末に行う反プーチン・デモが示すように、ロシアの若い世代には長期政権への閉塞感や国際的孤立への不満が強い。ポスト・プーチン時代を見越した長期的な対露戦略の再構築を図るべきだろう。(了)