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奈良林直

【第621回・特別版】東電元経営者無罪判決で思うこと

奈良林直 / 2019.09.24 (火)


国基研理事・東京工業大学特任教授 奈良林直

 

 東京電力の福島第1原発の事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死罪で強制起訴された裁判で、東京地裁は全員に無罪の判決を言い渡した。主な争点は、巨大津波を予見できたかどうかだった。政府の専門機関による地震予測「長期評価」を受け、東電子会社が「最大15.7mの津波」が原発に襲来する可能性があるとの試算を出し、3人は社内会議でこの情報に接していた。検察官役の指定弁護士は「津波襲来は予見できた」と主張していたが、地裁は「運転停止措置の義務を課されるほどの予見可能性はなかった」と判断した。

 ●無視された土光氏の申し出
 福島第一原発事故の根本原因は、敷地の高さの決定や配置設計にある。東北電力は宮城県の女川原発の建設にあたって、地震と津波の専門家を入れた委員会の審議を経て、敷地の高さを床面で15.0mに決めた。一方、東電は、「日本の技術者にGE(米ゼネラル・エレクトリック)社の設計をレビュー(点検)させてほしい」という当時の東芝の社長、土光敏夫氏の申し出を、「余計なことをするな」とにべもなく断わったと土光氏の著書に記載されている。また、非常時に原子炉を安全に冷やすためのディーゼル発電機の設置場所は、「課長の決めること」と建設時の東電幹部が事故後NHKテレビで語っており、当時の幹部に重要性の認識が全く無かった。安全に対する幹部の心構えの差がマグニチュード(M)9.0の地震と津波に耐えた女川と福島第1の差になった。
 しかし、福島第1に「減災」のチャンスはあった。米国では2001年9月11日の同時多発テロ後に、原子力規制委員会(NRC)が各電力会社に対してB5bというテロ対策をとることを命じた。「送電線が切断され、冷却ポンプが破壊されても、炉心損傷が起きないように対策を講じろ」というものだ。これに従った米国の原発には、電源車やポンプ車、冷却水貯水池が用意された。当時、日本の原子力安全・保安院は職員を米国に派遣して、B5bの資料を入手していたが、我が国の原発にB5bに相当するテロ対策をとるよう指示を出すことを怠った。

 ●欠けていた安全性向上の議論
 多くのマスコミは東電だけを悪役に仕立てて攻撃をしているが、実は国の毅然とした規制が欠けていた。原子力安全委員会は、事故時に放射性物質をし取るフィルタベントの設置を「強く望む」との見解を出していた。しかし、電力会社の設置提案に、「なぜそんな物を取り付けるのか。事故を起こすからだろう」と反対があり、「事故は起こさないので設置しません」となり、いわゆる原発の安全神話が形成された。
 欧州の原発の大部分には旧ソ連のチェルノブイリ原発事故前にフィルタベントが設置されていた。米国では、川沿いの原発には洪水対策が審査基準に入っている。多くの発電所で非常用ディーゼル発電機は水密建屋の中に設置されている。我が国は、原発推進と反対の激しい対立があり、世界では当然のように行われていた原発の安全性向上のための議論が長年にわたりなされていなかったのだ。(了)