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今週の直言

有元隆志

【第722回】習主席の国賓来日は温存でなく中止に

有元隆志 / 2020.09.28 (月)


産経新聞正論調査室長兼月刊「正論」発行人 有元隆志

 

 菅義偉首相は9月25日夜、中国の習近平国家主席と就任後初めて電話会談を行い、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺での中国公船による挑発行為について「懸念」を伝えた。習主席の国賓来日への言及はなかった。武漢ウイルスの感染状況、香港や新疆ウイグル、内モンゴル両自治区での人権問題を考えれば、国賓来日問題を取り上げるようなタイミングではない。日本政府内には「国賓来日カードを温存した」との説明があるようだが、温存ではなく中止とすべきだ。

 ●尖閣問題で「懸念」は弱すぎる
 菅首相は習主席との会談に先立って、米国、豪州、インドの各国首脳との電話会談を行い、安倍晋三前首相が掲げた「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に向けた連携を確認した。事実上、「対中包囲網」を固めたうえで習主席との会談に臨んだことは、安倍外交を継続するとのメッセージが各国に伝わったのではないか。
 菅首相は習主席に対し、尖閣問題について「懸念」を伝え、香港情勢などを今後議論したいとの意向を伝えた。人権問題や尖閣問題で「懸念」は弱すぎないか。明確な日本の立場を伝えていくべきだ。
 菅氏は今後も首脳間を含むハイレベルで緊密に意思疎通を行っていくことの重要性を指摘したのに対し、習主席からも賛意が示された、というが、国賓として招くことは別問題である。中国との間で安定した生産的な関係が構築されれば望ましいが、香港、新疆、内モンゴルなどでの人権状況は看過できない。
 産経新聞によると、外務省幹部は国賓来日を棚上げの状態に保つことが「対中カード」になるとの見方を示している。来日の可否が明確になるまでは、日本が中国の軍事行動や香港の人権問題などを批判しても過激に反発することはないというのだ。
 外交上のテクニックに走りすぎている。安倍前首相が国賓来日を招請したのは昨年6月であり、その後の香港への国家安全維持法の適用などで状況は大きく変わった。

 ●微笑外交に惑わされるな
 ブッシュ政権(2代目)で国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長を務めたマイケル・グリーン氏は読売新聞のインタビューに「米国なら(国賓来日を)受け入れないだろう。米国民と議会は、これだけ国際規範を犯し、人権を侵害している国の指導者に敬意を表することは認めないからだ」と語った。それは日本でも同様だ。
 評論家の石平氏は、自身のツイッターに、自民党の二階俊博幹事長が言うような習主席を迎える「『穏やかな雰囲気』はこの日本にはない。菅政権はどうしてもそれをやるなら、心ある日本国民から見捨てられるだろう」と書き込んだ。グリーン氏や石平氏の言葉を重く受け止めるべきであろう。
 国賓となれば答礼として天皇、皇后両陛下の訪中ということになる。中国は両陛下を招くことで、武漢ウイルスのまん延、人権弾圧で傷ついた国際的イメージの回復を狙っているのであろう。中国の一時的な「微笑」に乗ってはいけない。(了)