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平野聡

【第723回・特別版】チベットにおける「新疆化」の危機

平野聡 / 2020.09.28 (月)


東京大学法学部教授 平野聡

 

 最近、東トルキスタン(中国の新疆ウイグル自治区)における強制収容所の問題や、南モンゴル(内モンゴル自治区)における学校教育華語化への抗議運動が注目を集めているが、これらの問題はチベット問題とつながっている。何故なら、これら3地域は歴史上独自の文化を築いていたにもかかわらず、近代以後「中国の一部分」とされ、「中国化」の対象とされているからである。
 そして今、新疆の強制収容所における「職業訓練=イスラム教徒を中国化させる訓練」に近似した手法が、チベット自治区においても急速に広まっているという。報道によると、習近平政権の「2020年までに貧困を基本的に解決し『小康』(ほどほどの生活)を達成する」という目標の達成が難しくなっている中、習近平国家主席と中国共産党(中共)の体面を保つため、貧困層の比率が高いチベット自治区で農牧民50万人程度を召集のうえ、武装警察が管理する施設において軍隊式の職業・華語・社会習慣訓練を進めているという。

 ●同根の少数民族問題
 これは、新疆のように個々人の「テロリズム、分裂主義、原理主義」の傾向を推し量って強制収容するものなのか、現時点では詳細は明らかではない。しかしこの措置は、これまでの少数民族問題の曲折を中共なりに踏まえて強硬策に出たものであろう。既に中共は、砂漠化に直面した草原を保護すると称して、チベットやモンゴルの遊牧民の一部を強制的に草原から都市に移す「生態移民」を実施し、その結果、生業を失って無気力と貧困に陥る人々が続出した。また新疆で今起きている問題は、急速な経済発展で拡大する格差の中、トルコ系民族の貧困が解決されないため、彼らが「テロ、分裂、原理主義の温床になった」とみなした中共が焦慮し、極端に走った結果である。
 そしてチベットは、2008年の独立運動よりもはるかに前から、仏教中心の社会と唯物論的、物質主義的近代化との間で強い緊張を抱えて来た。最近、チベット問題をめぐる報道が減り平穏に見えていたのは、2008年以後、武装警察や監視システムが大幅に増強されて厳格を極めている社会管理体制の下、相対的な「安定」が続いていたために過ぎない。東トルキスタンの問題とチベット問題は根を同じくしている。

 ●「中国化」の強制
 そこで中共としては、チベットに対する国際的注目が低下したのを見計らい、過去のわだちを踏まないためにも、今こそ農牧民に「職業教育=中国化教育」を集中的に施して、彼らを都市の労働者に転換し、「脱貧」「小康」の達成を取り繕うとしているのであろう。
 しかし国民統合が、地域の社会的、経済的、文化的実情に照らした漸進的な政策ではなく、圧倒的な強制力によって実現された例は古今あるのだろうか。今後、チベットにおける大規模な「職業訓練」の実態が明らかになるにつれて、中共が自賛する「社会の安定」「中国化」モデルに対する国際社会の批判は一層強まることになろう。(了)