公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

細川昌彦

【第831回】中国のTPP加盟申請にどう向き合うべきか

細川昌彦 / 2021.09.21 (火)


国基研企画委員・明星大学教授 細川昌彦

 

 中国が環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟を正式に申請した。昨年11月の習近平国家主席の積極発言からある程度予想された動きだ。中国の狙いは、巨大市場を武器にアジアの経済秩序の主導権を取ること、米国の対中包囲網への揺さぶり、さらには反保護主義のアピールといった面もあろう。さらに「バイデン米政権は通商戦略の優先度が低く、何も動けないだろう」というのが中国の見立てだ。
 タイミングについても、中国は加盟プロセスをしたたかに計算している。加盟交渉入りを認めるTPP委員会は加盟国の全会一致が基本だが、実際には議長国が主導する。今年は日本が議長国だが、来年はシンガポールだ。そのシンガポールは早々に中国の加盟申請を歓迎したと伝えられている。
 中国が急いだ理由には台湾ファクターもある。台湾もTPP加盟へ向けた積極的動きをしている。これを阻止すべくTPP加盟国に圧力をかけつつ、自ら先行して加盟申請するという外交的側面もある。これに対して台湾も早期に加盟申請すべきだろう。

 ●ハードルは高いが「抜け道」も
 では、こうした中国の動きにどう対応すべきか。「まずは、中国がどこまでTPPの高水準の自由化ルールを守る覚悟があるかを見極めるべし」というのが大方の意見だ。経済統制を強める習近平体制が国内改革に応じるはずがない。しかし、だからといって加盟が認められないだろうと高をくくるのは危険だ。
 確かにTPPは貿易・投資を高い水準で自由化するルールを定めており、中国にとって受け入れ難いものも多い。例えば、国有企業に対する優遇の禁止、データ流通の透明性と公平性、政府調達における内外企業の無差別原則などだ。
 条文上、ルールが厳しいのは事実だ。しかし中国は「抜け道」で乗り切れると見ている。 一つは「安全保障」を理由にした例外で、もう一つが各加盟国との交渉で例外を個別に認めさせることだ。要するに、交渉で既存の加盟国を各個撃破すれば何とかなると考えているようだ。
 日本としては米国のTPP復帰に期待をつなぎ、それまで中国がTPP加盟申請をしないよう時間稼ぎをしたかった。しかし、バイデン政権は今のTPPでは不十分だとして、環境、労働分野で復帰条件を上乗せして要求する構えだ。この姿勢は変わりそうになく、米国のTPP復帰の見通しは残念ながら当面立たない。

 ●日本に必要な原則堅持と柔軟思考
 日本は中国の加盟申請に対して、原則論を曲げずにTPPの高いハードルを堅持するという方針に徹するべきだ。大事なのはこうした姿勢がぶれないことだ。中国は当然、巨大な中国市場を餌に日本の産業界や政治家に揺さぶりをかけてくるだろう。
 ただし同時に、戦略は希望的見通しだけに頼って思考停止になってはいけない。「プランB」を用意しておくことも肝要だ。
 米国が中国のTPP加盟申請にこのまま手をこまねいているとは考えられない。米国のTPPへの復帰がないならば、TPPにこだわらず、新たな枠組みを作るという戦略も考えられる。日本はこうしたことも併せて視野に入れるべきだろう。(了)