公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第58回】墓を暴かれることを恐れる金正日

西岡力 / 2010.10.04 (月)


国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力

30年ぶりの党正式会議
朝鮮労働党代表者会が9月28日開催された。多くのマスコミが「44年ぶり」の代表者会開催と書いていたが、これは全く意味のない数字だ。

1980年に第6回党大会があったから、今回の代表者会は、「30年ぶり」の党正式会議ということになる。代表者会に続いて労働党中央委員会総会が開催され、政治局、書記局、党中央軍事委員会などの人事が決まった。

1974年3月の中央委員会総会で後継者に指名された金正日は、同総会で「党の唯一思想体系確立の十大原則」を採択させ、「首領さま(金日成)の指導の下に党中央(金正日)の唯一的指導体系を確固として打ち立てなければならない」(第十原則)として、金日成、金正日による個人独裁を定型化した。金正日が党総書記になった際にも、党の会議は開かれず「推戴された」との発表があっただけだ。

つまり、今回の代表者会と中央委員会総会開催は、麻痺していた党の統治機能が正常化したことを意味する。逆説的表現になるが、このこと自体が異常事態なのだ。なぜ、金正日が党による統治機能に頼らざるを得なくなったのか。

未熟児・正恩と保育器・慶喜
今回の会議で決まった人事の特徴は金正日の三男・金正恩(中央軍事委員会副委員長)と実妹・金慶喜(政治局員・大将)の浮上だ。最後に頼る者は肉親以外ないという朝鮮文化の表れだ。「後継者として未熟児で生まれた正恩が、慶喜という保育器に入った」という評価がある。

金正日は、自身の死後、スターリンや毛沢東に起きたような政策と歴史評価の転換が起きることへの恐怖にとらわれているのだ。墓を暴かれることへの恐怖だ。金慶喜が保育器に選ばれた理由は、①息子がいない ②中国共産党の言うままにならない ③路線を変えない―からだ。

2008年8月に脳卒中で倒れた金正日は今、腎臓透析を受けている。公開される比較的健康そうに見える映像は透析直後のものだ。

急変事態への備えを急げ
それでは金正日の死後、安定的に後継政権が成立するのか。多くの労働党幹部は、特権的地位を維持するために中国への従属の道を選ぼうとするだろう。

また、人口の8割を占める、配給に頼らず市場での商売で生活している「市場勢力」は、統制が緩めば、商売の自由、協同農場の解体、住民生活の向上などを求めて動き始めることになる。彼らは韓国との統一を志向するだろう。

これらの勢力が入り乱れ、社会統制ができなくなる混乱状態、すなわち「北朝鮮急変事態」が発生する可能性が高い。日本は早急に、米韓との防衛協力の強化や「拉致被害者等救出特措法」制定などの備えを急ぐべきだ。(了)

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第58回:墓を暴かれることを恐れる金正日(西岡力)