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冨山泰

【第874回】日米安保体制に影響しかねないウクライナ危機

冨山泰 / 2022.01.17 (月)


国基研企画委員兼研究員 冨山泰

 

 ウクライナ問題をめぐりロシアと西側の緊張が続く中で、ロシアが米国に突き付けた要求の中に、日本の安全保障を脅かしかねないものが含まれていることを見落としてはならないだろう。バイデン米政権がロシアの要求を丸飲みすることはなさそうだが、それと気付かないまま日本の利益を損ねるような譲歩をしないように、わが国は交渉の行方に注意を払っていく必要がある。

 ●条約案に米軍展開制限の余地
 ロシアは昨年12月17日、北大西洋条約機構(NATO)との条約案と米国との条約案を公表した。NATOのさらなる拡大を行わず、とりわけウクライナをはじめ旧ソ連構成国の新規加盟を拒否するよう求めたことが両条約案に共通している。
 ところが、米国との条約案は対象地域を必ずしも欧州に限定しておらず、米国に要求する安全保障上の措置が解釈次第でアジアにも適用される余地がある。これは日本として看過できない。
 米ロ条約案の5条1項は「締約国は他の締約国が安全保障上の脅威と見なす地域に軍隊や兵器を展開しない」となっている。この条項を根拠に、ロシアは在日米軍の展開制限を要求できるのではないか。同条2項は「締約国は他の締約国の領土を攻撃できる地域に重爆撃機を飛行させず、水上艦を配備しない」となっている。これを素直に読めば、朝鮮半島の危機で、米軍は半島上空に戦略爆撃機B1Bを飛ばしたり、日本海に軍艦を派遣したりすることができない。
 さらに6条は「締約国は他の締約国の領土を攻撃できる地上発射の中短距離ミサイルを配備しない」とある。これが実行されれば、米国は中国の軍拡に対抗して、日本から連なる第1列島線上に中距離ミサイルを配備することができない。7条1項は「締約国は自国領土以外に核兵器を配備しない」とある。これが実行されれば、有事の際に、仮に日本政府が承諾しても、日本国内への米軍の核持ち込みは禁止される。
 ロシアはかねて日米安保条約を日ロ平和条約締結の障害と主張するなど日米同盟を目の敵にしており、ウクライナ情勢の緊張に乗じて日米安保体制の骨抜きを狙った可能性もある。

 ●したたかなロシア外交
 1月10~13日にロシアと2国間、多国間の協議を行った米国は、NATOの不拡大やウクライナ加盟拒否というロシアの根幹の要求を「検討に値しない」(シャーマン国務副長官)と一蹴した。しかし、欧州における軍事演習や中距離ミサイル配備の規制など他の要求については、話し合いに応じてもよいとの姿勢を見せている。
 ロシアは米国に正式な条約の締結を要求しているが、米上院で批准承認を得ることはほぼ不可能なため、批准の不要な行政協定の形にすることでロシアが折れる可能性をカーネギー財団モスクワ・センターのドミトリー・トレーニン所長がフォーリン・アフェアーズ誌への寄稿で示唆している。
 いずれにしても日本としては、バイデン政権がしたたかなロシア外交にしてやられ、わが国に不都合な合意を結ぶことのないように目配りし、必要な時は米国に物申すことが重要だ。(了)