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細川昌彦

【第918回】対ロ制裁にはエネルギー安保の視点が必要

細川昌彦 / 2022.05.16 (月)


国基研企画委員・明星大学教授 細川昌彦

 

 先進7か国(G7)は5月8日のテレビ首脳会議でロシア産原油の原則禁輸に合意し、ロシアへの圧力を強めた。日本もG7の結束を重視せざるを得ないと判断した。経済制裁に「返り血」は付き物で、当然覚悟しなければならない。大事なことは、制裁を科す方と科される方のどちらのダメージが大きいかを冷静に見極めることだ。

 ●厳しい選択だった原油禁輸
 エネルギー安全保障は多面的に見る必要がある。
 EUのロシア産原油への依存度37%に比べれば、日本の依存度は3.6%と低いことをもって、「痛みは軽い」と断ずるのは早計だ。日本はエネルギー自給率が12%と先進国ではことのほか低く、原油のほぼ全量を輸入している。しかも今年3月、東日本に電力需給ひっ迫警報が出されたように、日本の電力供給は綱渡りで、今夏も来冬も危機的状況に陥る見通しだ。
 また、ロシア産原油禁輸の「穴埋め」も容易ではない。増産余力のあるサウジアラビアなど中東産油国はロシアとの結束を優先して、増産には慎重だ。
 しかし、原油輸出国で禁輸の痛みがほとんどない米国はともかくも、EUが禁輸に踏み切れば日本も同調せざるを得ないとのギリギリの厳しい判断を政府は下した。そのEUも決して一枚岩ではなく、大統領、欧州委員長は禁輸に前のめりでも、幾つかの加盟国の反対でいまだ合意に至っていない。
 他方で、ロシアのエネルギー産業は、西側の経済制裁により生産、輸送の両面で深刻な打撃を受けて、今後先細りすることは必至だ。まず、油田・ガス田の生産を維持する設備の補修部品を入手できず、生産力は確実に劣化していく。また、石油メジャーはプロジェクトのオペレーターとしての技術を有しているが、ロシアから撤退すれば中国の技術力で補うことは難しい。輸送面でも、船舶保険料が高騰し、ロシア産原油の輸送船舶への保険提供禁止も検討されている。ロシア極東部サハリンにおける原油中心の開発事業「サハリン1」では、既にタンカーによる出荷が事実上止まっている。
 そうした現実も見極めて、日本政府は「原則禁輸」でG7の結束を重視する判断を下したのだろう。

 ●「サハリン権益維持」は禁輸と矛盾しない
 岸田文雄首相は、サハリン1と天然ガス開発事業サハリン2の権益を維持する方針を変えていない。3月14日の本欄「日本はサハリン事業から撤退すべきでない」でも指摘したが、この判断は妥当だろう。そもそも、権益すなわち株式資産を保有することと、原油を購入することは別問題だ。仏石油メジャー、トタルも「石油調達を停止するが、既存権益から撤退せず」と日本と同様の立場を表明し、「撤退は(放棄する権益が中国に高く売れるので)ロシア投資家を利するだけで、制裁の趣旨に反する」と説明している。
 ロシアの戦争資金源を断つことはもちろん重要だ。しかし同時に、日本のエネルギー安全保障はG7のうち最も脆弱であり、欧米とは置かれた状況がまるで違うことも忘れてはならない。制裁の「返り血」も甘受できるものかどうか、多面的に見極めて、冷静に判断すべきだろう。(了)