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冨山泰

【第1053回】どうやって「核の傘」への信頼を高めるか

冨山泰 / 2023.07.03 (月)


国基研企画委員兼研究員 冨山泰

 

 米国が日本に差し掛ける「核の傘」の信頼性を高めるための日米実務者レベルによる定例の「拡大抑止協議」が6月末に開かれ、両国政府により協議内容がこれまでより詳しく公表された。広報の改善はないよりましだ。しかし、それだけでは核の傘や拡大核抑止に関する日本国民の疑問を解消することにならない。

 ●ヒーリーの定理
 核抑止の専門家が「ヒーリーの定理」と呼ぶものがある。冷戦下の1960年代に英国の国防相を務めたデニス・ヒーリーが出した結論で、「核戦力で敵対国を抑止するには5%の信頼性があれば十分だが、同盟国を安心させるには95%の信頼性が必要」というものだ。今日の日本に当てはめると、米国が日本のために核兵器を使うと中国、北朝鮮、ロシアに思わせるには、使う可能性が20分の1あればよいが、日本に信じさせるには、可能性が20分の19ないといけない、ということになる。
 日米当局の拡大抑止協議は2010年に始まり、日本は外務省と防衛省、米国は国務省と国防総省の局次長(副次官補)級により近年は年2回開催されている。「中身の濃い議論が行われている」と関係者が言うから、日本政府は米国の核の傘を今や95%信頼しているのかもしれない。しかし、その信頼は日本国民に共有されていない。多くの国民は、米国がニューヨークやワシントンを報復核攻撃される危険を冒してまで日本を核で守るか疑っている。

 ●拡大抑止を妨げる非核三原則
 国民の疑問は、拡大抑止に対する日本政府の「本気度」にも向けられる。日本政府が核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則にこだわる限り、拡大抑止には限界が生ずる。
 北大西洋条約機構(NATO)には、「核共有」の仕組みがあって、米国の核弾頭を欧州の同盟国の領土に配備し、使用の決定と作戦そのものを米国と同盟国が共同で行う。この仕組みは同盟関係のつながりの強さを示し、抑止力の強化に寄与する。安倍晋三元首相が生前、日本も核共有の議論を進めるべきだと提唱したが、岸田文雄首相は「非核三原則を堅持する立場から、認められない」と直ちに拒否した。
 NATO加盟国では、英国とフランスが独自の核戦力を持つ。北朝鮮の核ミサイルの脅威に直接さらされている韓国でも、今年に入って独自核武装が活発に議論された。韓国の尹錫悦大統領が4月にワシントンへ飛び、バイデン米大統領と共同で拡大抑止に関するワシントン宣言を発表した。独自核武装も辞さないという覚悟を示したからこそ、拡大抑止の強化を引き出せたと言える。
 岸田首相は、非核三原則が拡大抑止の障害にならないと国民を説得できるだろうか。(了)
 
 

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6月26~27日、米国で日米拡大抑止協議が行われた。核の信頼性を高める上で重要だが、メディアでの扱いが小さかった。これでは国民に伝わらない。核の信頼性の5%は敵に、95%は同盟国に必要。国民に安心感を与えなければ意味が無い。協議を局次長レベルから次官級、大臣級への格上げが望まれる。